Phase.1-8
ようやく見つけ出した救護室には今誰もいないらしく鍵が掛っている。
居留守をしているかもしれない、と昔の面倒臭がりやの救護兵を思い出しながら、念の為中の気配を探ってみるがやはり誰もいない。
「この程度なら…」
開けられると、ドアの側にある鍵解除キーをプログラムしたCTを翳すセンサーに手を伸ばす。
が、後ろから人の気配がした為に静かに手を下ろす。
「この程度が何だって?」
ドアに付いたガラスに映るのは、くたびれているが、真っ白で清潔だと分かる白衣に身を包んだ女傑と評すべき女性。
何処か懐かしい匂いさえ鏡介には感じられる。
「言う必要が?」
鼻を鳴らし、センサーに自身のCTを近付けると、電子音と共に鍵が解除される物理的な音がドアから聞こえてくる。白衣の女性はドアノブに手を掛け中に入ると、お前も入れと手で促す。
近くのソファーに御影を降ろすと、役目は終えたのでそそくさと退出しようとすると彼女から声を掛けられた。
「おい、そっちに寝かせるなよ。ベッドに運べ。
あと、どうしてコイツは落ちたんだ。
一応保健医なんでな、理由を書かなきゃなんねーんだ」
「分かってて聞いてる?」
「ふ~ん、お前もあたしと同じ口か」
彼は振り返り、女性を見据える。
眼の色が深まり、感情が抜け落ちる。
冷たく、鋭く研ぎ澄まされた氷の刃のような雰囲気に保健医は無意識に後ずさる。
「そう殺気立つな。今のあたしはただの保険医だ。それにお前と違ってか弱いんだ」
諸手をあげて白旗を掲げる彼女に攻撃をすることは出来ない。
指先に集中させた魔力を全身に戻し循環させる。
彼女の言葉を信用する訳ではないが、切り替えた時にも彼女から殺気を感じられない。ならば、意識を研ぎ澄ます必要もない。
「マリー・セレストだ、以後宜しく」
聞いた瞬間偽名だと分かってしまうような名前を名乗る彼女のセンスを疑いたかったが、同じような人間である者を悪く言う気にはならなかった。
「お前は分かっているようだが偽名だ。だけどこの名前との付き合いも長いんだ、気にするな」
偽名だと自白する彼女の意図が掴めない。
こんなにベラベラ喋っていいのかと疑問に思うが、彼女は気にした様子はない。顔を見る限り対して意味がないようにも判断出来る。
教室などで聞こえてきたチャイムよりも小さなそれを聞きとり、それ以上は何も言わず、マリーに背を向け、ドアに手を掛けると自分を逃さないかのような風が吹き抜けた。
「盗み聞きとは良い趣味してんな」
鏡介が出て行った入口を見ながら、気絶していた御影に声を掛ける。
気配だけで彼女がビクリと肩を震わすのが脳裏にハッキリ浮かぶ。
御影からすれば盗み聞きする積もりはなかった。ただ目が覚めた時に鏡介と保健医が会話していただけだ。とは言え、気絶していたフリをしていたのだが、盗み聞きと言われても文句は言えないのだが。
身体を起こし、床に足を付ける。自分が土足であることに気付き、急いで靴を脱いだが、マリーは気にした様子がない。
「あの、彼は、そして貴女は…」
鼻で笑われる。その質問に答えるとでも、と行動で示され彼女はそれ以上何も言えない。
だが、マリーは悪者の顔でニヤリと笑うと、
「ある意味、学生では到達出来ない域に到達しているような奴だ。
まあ、あたしも初めて会ったからこれくらいしか分からない」
目の前の女傑が恐ろしく感じてしまう。先の会話で、彼女に向けられたあの絶対零度を思わせる気配に御影は意識をまた飛ばされかけたにもかかわらず、マリーは少し後ずさっただけ。それが消えさっても、一度経験したあの怖さはすぐにぬぐえるものではない。両腕を抱きしめ震えていたが、保健医はこの部屋の長居を許さず、
「意識がハッキリしてんならさっさと教室戻んな」
確かに彼女の言う通りなので礼もそこそこに、逃げるように退出する。
あのまま、あの部屋にいれば、休むどころか精神が参ってしまう。利用者が多いと入学式で言っていたが―特に男子―あんな恐ろしい場所、出来れば二度と利用したくはない。
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