9・恋
東昇が柚子と入れ違いに喫茶店に入ってきた。
昇はアパートからいなくなったアリアを捜しにきたのだろう。だが、店内を見回しても、アリアに気づかずに出て行ってしまった。アリアはすぐに昇を追いかけて後ろからトンと肩を叩いた。
「どうやら解決したようだよ、探偵さん」
うかない顔をしてアリアが声をかけた。
「へ? ひょっとして、おまえ……」
「多分、無くした物は何日か後には返ってくる。あー疲れた、これから先のこと考えると。これで私に大きな借りができたからね」
いつものアルトの声だったが女性の姿のため、理解するのに時間がかかったのか昇は目を白黒させている。
アリアは憂さ晴らしをしたい気分になり、悪戯っぽく昇の腕に手を絡めて昇に寄りかかってみた。
「こら、手をはなせ。い、いったいどういうことだ。ちゃんと説明しろ」
昇はあからさまに対応に困っていた。
「こうやって歩いたら恋人同士みたい?」
「からかうな! 離れろ。て、手帳はどうなった」
「だから、戻ってくるって言ったでしょう。刑事さんにもそう言っておいて」
昇に真顔で怒鳴られてつまらなくなり、アリアは腕を離して黙って上目遣いに昇の顔をじっと見つめた。
本当に刑事さんとよく似ている、その困った表情も。
アリアは東十無がいるように錯覚してしまうのだった。
「お前って、女装の時いつもそうなのか」
昇は視線をそらした。
「何が」
「いや、その、兄貴の前でもこんな態度なのか。これ以上兄貴を混乱させるな。あいつは不器用でくそ真面目だから……そうじっと見るな」
「どういうこと」
「もういい、なんだか俺も混乱してきた」
昇は額に手を当てて前髪をかき上げた。
「お前、泥棒なんかやめろ」
アリアの両肩を掴むと、昇は突然真顔でそう切り出した。
「えっ?」
「今ならまだやり直せる、悪い奴とは縁を切れ。俺が力になるから」
「ヒロからは……離れられない」
昇は本気で言っている、アリアはそう感じて真面目に答えた。
「どうしてだ、犯罪に引きこむような奴とは関わるな」
昇は真剣な眼差しでアリアを真っ直ぐ見つめて直球で言葉をぶつけてきた。
この人は今まできっと隠しごとや曲がったことなどしたことがないのだろう。アリアは昇が眩しく思えて俯いた。
「……本当の兄ではないけれど、ヒロは大事な人だから」
「大事ってどういう意味で? もしかして好きなのか。ヒロは本当に彼氏なのか? このままでは君はだめになる」
「変な探偵さん」
アリアは少し面食らったような困惑した顔をして、昇の顔を見上げた。
だからといって今の状況を変えることはできないのだ。雪の街でヒロに守られて生きてきた。その過去は消せない。
アリアはそれを十分わかっていた。
「もう帰る」
アリアは掴まれていた両肩を振りほどき、昇からすり抜けて背中を向けた。
「おい、待て」
後を追ってきた昇から逃げるように、アリアはタクシーを拾ってその場を去った。
昇の澄んだ瞳に、心の中まで見通されそうでアリアは怖くなったのだった。