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8・コンタクト

 午後五時過ぎ。空は薄暗く、冷たいビル風が吹いていた。

 池袋駅周辺では帰宅途中の学生やサラリーマンが足早に通り過ぎていく、そんな街の一角にアリアはいた。

東昇は仕事に呼び出され、十無は夕方になって署から呼び出しがかかり、二人とも渋々マンションを後にしたのだった。その隙にアリアは素早くマンションを飛び出した。

今のアリアは化粧をして少しカールのかかった長めのウイッグをつけ、ハイネックの服にロングスカート、その上にベージュのコートを羽織っていた。

すれ違ってもあの双子には気づかれないという自信があった。

いや、もしかしたら刑事さんには気付かれるかもしれない。一度、女性の姿で会っているから。気付いてくれたら――。

アリアは無意識にそんなことを想像して歩いていた。

見張り付きの息苦しい部屋から脱出し、まずは一息つくために、駅の近くにある行きつけの喫茶店に入った。

注文したアールグレイを飲もうとした時、アリアが視線を感じてふと顔を上げると、目の前に少女が立っていた。

紺のセーラー服の小柄な少女は、髪を三つ編みにして頭の上でくるりと巻いて止めている。

『柚子』が目の前でにっこりした。

アリアは一度持ち上げたティーカップを受け皿に置き、何と言えば良いのか思いつかずに、視線が彼女に釘付けになった。

「こんにちは、アリア。同席してもいい?」

返事をするより先に、柚子は向かい側のソファにちょこんと座った。

「あの」

アリアは対応に困った。相手は女性の姿でもアリアだとわかっているのだ。こちらのことをどこまで知っているのだろうか。

「そんなにびっくりさせちゃった? 私を捜していたのよね。でも私もずうっと探していたのよ、アリアのことを」

どういうことか。アリアは緊張した表情のまま黙っていた。

「刑事と別行動してくれてよかった。いつもくっついているから、アリアの所へ行けなかったの」

ニッと笑って柚子はオレンジジュースを頼み、その後急に真顔になった。

「取り引きしない?」

「取引って、何を」

アリアは恐る恐る聞いた。

「返してほしい物があるでしょう」

柚子はちらりとアリアを盗み見た。

アリアはまだこの娘がどうする気なのか全く見当がつかず、出方を窺った。

「こんな物があるけれど」

そう言って差し出した柚子の手のひらには、小さなペンダントがのっていた。それはアリアが失くしたと思っていた品物だった。

ヒロが誕生日に買ってくれたペンダント。

「これって刑事さんに渡ったらまずいよね」

アリアは無表情でじっと柚子を見た。何を要求してくるのか。

「で、返す代わりに私を使ってほしいの、つまりお弟子さん。役に立つわよ、住み込みでね」

柚子は意味ありげに口角の端を上げて微笑んだ。

「ち、ちょっと待って。そんなことはできない」

思いもよらない「取引」を持ちかけられてアリアは慌てた。

「Dと組んでいた時、アリアとヒロのことを少し訊いていたの。あなたのこと興味があるの。結構稼いでいるようね。どうせ私は親がいなくて一人だし、丁度いいわね」

アリアは返事をせずにまず紅茶を一口のんで気を落ち着かせた。

改めて柚子を見る。人なつっこそうな印象、でもどこかつかみ所がない。苦手なタイプかなあとふと思った。

「いったい何を考えているの? それに弟子って何の」

アリアは落ち着きを取り戻して静かに言った。

「今更とぼけないで、もう分かっているの。これに決まっているじゃないの」

柚子は右手の人差し指を鍵状に曲げて見せた。

「何を言っているのかわからないな。私はあなたを探すのを手伝っただけ」

とんでもないことを言い出した。こんな娘にかかわったら面倒なことになる。なるほど、Dが忠告していた通りの娘だ。

アリアは席を立とうとした。

「ペンダントの中の写真を見ちゃった。これって小さい頃のアリアとヒロだよね。驚いちゃった、アリアって男かと思っていたから」

「それはヒロのものだから私には関係ない」

ヒロのことも知っている。これ以上動揺して相手のペースにさせるわけにはいかない。アリアは冷静に答えるように努めた。

「ふーん、でもこの写真を見たらアリアだってなんとなくわかる。こうして女性の格好をしていたらね」

「他人の空似でしょう」

アリアは表情が硬くなった。

「でも、どうして男で通しているの? ま、それはいいとして、これ刑事さんに渡しちゃおうかな。そうしたらきっと身元が割れるよね」

「脅しか」

「そんな物騒なこと言わないでよね」

柚子は涼しい顔をして、くすっと笑った。アリアはもう条件を飲まないわけにはいかなくなってしまった。

「あなた学校は? 家族はどうなっているの」

「心配ないわ。実質、一人暮らしだったもの。Dが保護者だった、一応。だから今度はアリアが保護者。贅沢は言わないから。今の部屋で大丈夫、荷物はほとんどないから」

「ちょっと待って。一緒に住む気?」

「もちろん。料理もできるし重宝するよ、きっと。アリアの朝食はいつも和食? 洋食?」

柚子はこれからの生活をあれこれ想像し、うきうきして話しが止まらないようだ。さすがにアリアは動揺を隠せなかった。

「それはだめだよ。保護者なんてあなたに責任もてない」

「責任? そんなの自分でもつもの」

「それにヒロとDは知り合いみたいだから、トラブルを起こしたあなたと関わることはできない」

「Dの指輪のこと? 人使い荒いから腹いせに貰ってきたの。あんまり返したくないけれど……ダイヤを返してきたらいい? それで決まりね。準備ができたらアパートに行くから。そうそう、あの刑事って思った通り、アリアの名前出したらちゃんと居場所を見つけてくれて助かったわ」

柚子はテーブルの上にすっと黒い手帳と財布を置いた。

「アリアにまとわりついている刑事にも興味あったし、ちょっと失敬したの。刑事なのにずいぶん親しい感じね」

「余計なお世話だ。……やっとこれで刑事達から開放される」

アリアは手帳と財布をとろうとすると、柚子は素早く自分の手元へ置いた。

「後で返すわ、念のため。じゃ、これからDとの決着をつけてくる」

柚子はそう言ったかと思うと、アリアが口を挟まないうちにさっと席を立った。

抜け目のない女子高生、柚子。

トラブルを背負い込んだアリアは、大きなため息をついた。


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