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7・手がかり

翌朝早く、アパートのインターホンの音でアリアは飛び起きた。

「おい、起きろ! うちの近くで兄貴の車が見つかった」

東昇はドアが開くのを待ちきれず、大声でどなりながらドアをどんどんと叩いている。

「待って、今あけるから静かにして。近所迷惑だよ、朝早くに」

アリアは眠い目をこすりながら急いでインターホンにたどり着くと、不機嫌に応答した。昨夜、あのあとバーに連れていかれ、午前様だったのだ。

「早く開けろ」

ドアを開けるまで大声を出していそうな勢いの昇に、アリアは慌てて寝間着を脱ぎ捨て、白いワイシャツとパンツに着替え、サングラスをかけてドアを開けた。

双子が並んでいた。

「もう八時過ぎだぞ、まだ寝ていたのか」

十無がため息をついた。

「まだ早朝です」

「昨日のタクシーの男はここに居るのか」

二人は強引に部屋に上がり込むと、中をきょろきょろと見回した。

「今はいない。そんなことより何かあったの」

ソファに座ってアリアはあくびをした。

十無が「今は?」と呟いたが、アリアは聞き流した。

「車の中にこれがあった」

昇が茶封筒をアリアに手渡して、向かい合わせにソファに腰を下ろした。

中には写真が一枚とワープロ打ちされた紙が一枚入っており、写真は何かのパーティ会場で隠し撮りしたと思われるものだった。

人の影になっているが、問題の少女がこちらを向いて小さく写っていた。髪をアップにしてまとめ、青いワンピースを着ている。

「少し大人びて見えるけれど、私が会ったのはこの娘だ」

「俺が会ったのもこの娘だった」

十無から財布をすった少女と、アリアが会った少女はやはり同じだった。

『彼女は柚子ゆずと名乗っていた。歳は十六歳。素性は不明。私の大事なダイヤを取り返してね。ヒロに宜しく』

アリアは同封されていたメモを読むと、「情報ってこれだけ」と、苦笑した。

メモには念を押すようにヒロに宜しくとあり、アリアは簡単に断れないと思った。

「多分、昨日の女は『ディー』と名乗っている窃盗犯だ」

十無はそう言いながらアリアの横に座った。その目は何も見過ごさないぞと言う感じで、じっとアリアの態度を観察しているようだった。

「ヒロというのはお前とつるんでいる奴だな。D、ヒロとは『仕事』仲間だろう」

 十無の態度は、詰問する刑事だった。

「知らない」とアリアは顔を背けた。

 東十無は刑事なのだ。

今更ながら、アリアは犯罪者という立場を思い知らされたのだった。

「この女もかなり色々と犯罪に手を染めているようだな。怪盗気取りで宝飾品や現金の窃盗を繰り返しているようだ。残念ながら証拠はないが」

十無の話の間、アリアはソファの背もたれに寄りかかって腕を組み、うつむき加減で黙って座っていた。刑事の仕事をこなしている十無の目を見るのが怖かった。

「そんな奴らとは縁を切って、足を洗え」

唐突に、昇が横から口を挟んだ。真顔で諭すその口振りは、まるで非行に走る少年をたしなめる補導員のようだった。

 アリアは意外な言葉にきょとんとした。泥棒の常習犯に向かって言う台詞とは思えない。この探偵はいったい何を考えているのか。十無も口をぽかんと開けていたが、一呼吸置いてから、呆れ顔で「昇、こいつは根っからの泥棒だ」と言った。

「だけど兄貴、悪いやつにそそのかされているのかも――」

「アリアの肩を持たなくてもいい」

食い下がる昇に十無は釘を刺した。

「だけど――」

「とにかく、これしか情報がない今は、その娘が現れるのを待つしかないということだ」

十無が強引に遮り、昇は押し黙った。

アリアが悪の道にたぶらかされている可哀想な少年にでも見えたのか、それとも、よほど世話好きなのか。アリアにはわからなかったが心配してくれたのだと思うと、昇がとても良い奴に思えたのだった。

「この娘に本当に心当たりが無いのか」

 裏腹に、十無の冷たい詰問は続く。

「しつこいなあ、嘘はいっていない」

 アリアはわざと馴れ馴れしく話した。そうしないと、本当に泥棒と刑事でしかないことを思い知らされてしまうから。

「仕方ない、がっちり張り込ませてもらうか」

昇は刑事気取りで茶化すように言った。冷たい取り調べの場が和んだ。アリアも肩をすくめておどけて言った。

「あ~あ、息が詰まりそう」

「何も手掛かりらしきものなはない。また振り出しだ」

そんなアリアの気持ちに全く気づく様子もなく、十無はそう言ってため息をついた。昇もわざとらしく同じようにため息をついた。

昇のおかげで張り詰めた空気から解放されたアリアは、調子に乗って、「おなか空いちゃった、朝食まだなんだけど」と、意味ありげに二人を見た。

「俺達もまだ食べていないが……」

十無は訝しげに呟いた。

「そう、丁度良かった。食パンがあるからトーストして、あと目玉焼きと紅茶でいいよ」

アリアはサングラスの奥でにっこり笑ってそう言った。

「いいよって、作れということか」

 昇が呆れた顔をした。

「材料は提供するから。それに一食分食費が浮く。刑事さんはお金がないんだよね」

双子は顔を見合わせ、食費が浮くという言葉に納得したのか、嫌だとも言わずにキッチンヘ行って用意を始めた。

「しかし、なんにもないな。冷蔵庫にお茶と卵しかないぞ」

今度は十無が呆れたような声をあげた。

「バターもあるよ。調味料はおいてあったと思うけれど」

「ああ、情けなくなってきた。何でこんなところでこんなことを」

十無は目玉焼きを作りながら、またため息をついた。

「どうせ居座るのだから、そのくらいいいでしょ。こっちは窮屈な思いをしているんだから」

アリアはこの状況を楽しんでいた。

程なく朝食はできあがり、双子がそれぞれに皿などを持って運んできた。小さな珈琲テーブルしかないため、床に皿を並べて座った。三人が皿を囲んで胡坐で座っている光景がなんだかおかしくて、アリアは自然と笑みがこぼれていた。

「いただきます。ん? 紅茶はポットでちゃんと蒸らした? 薄いな」

アリアはパンをかじりながら紅茶を飲み、意地悪を言った。

「作ってもらって文句をいうな」

昇が言葉を返した。

「はいはい。でも……やっぱり誰かが作ったものって美味しいね」

「焼いただけだ」

褒め言葉に調子が狂い、昇は少し照れたように頭をかいた。

「どういう生活をしている……ヒロという奴が泊まることはないのか」

十無はヒロについて聞きづらそうに、ぼそりと言った。

「最近はない。だから一人だと食事が面倒で」

アリアは笑顔で十無の質問をさらりと受け流した。

「前はあったということか……」

十無はそう呟いて顔をしかめ、パンをかじった。

そんな十無を、昇は心配そうな目で見ていたのだが、アリアはそんな二人の素振りには気がつかずに朝食らしい朝食にありつけて上機嫌だった。

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