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3・双子

「あーあ、いいかげん動いてくれないかなあ」

 欠伸をしながら東昇あずまのぼるは恨めしそうに被疑者のいるアパートの三階の窓を見た。

「通称、アリア。歳は二十歳程度で身元は不明。いくつかの窃盗に関与しているようだが今のところ証拠なし。背後に指示をする男がいるようだ。……こいつだろ? 兄貴が追っているのは」

 東昇は数日かけて作成した調査報告書を読み上げながら、助手席にいる自分と同じ顔をした双子の兄、東十無あずまとむ刑事をちらりと見た。

 十無は難しい顔をして、返事をしなかった。

「しかし、兄貴が財布をすられるなんて」

 いつも十無にたしなめられている昇はニヤニヤしながら皮肉たっぷりに言った。

「余計なことはいい、場所はわかったからもう帰れ。……お前、探偵事務所の仕事、まともにやっているのか? よくさぼるって、音江槇おとえまきがぼやいていたぞ。そろそろ先のことを考えろ。二十半ばを過ぎたらあっという間に三十だぞ」

「うるさいなあ。兄貴が他の事件で抜けられないからって俺に頼んだくせに。俺だって仕事の時間を割いているんだ。調査代はしっかり頂くからな」

 探偵事務所副所長である音江槇の名前を出されて、昇は面白くなかった。

「わかった、ごめん」

 十無は謝ったが、口調は全然謝っていなかった。

 それにしても音江槇の奴、いつの間に兄貴に告げ口したのだろう。

 昇は口を尖らせた。

 音江探偵事務所所長の娘である槇は、東兄弟の幼馴染であり、昇の同僚だった。

 昇も十無同様、刑事志望だったが、結局バイト先の探偵事務所にそのまま転がり込み、今もなんとなく続けている。

 どちらかというと流されやすいほうだと昇自身思っているが、人から言われると癪に障る。 

 特に、できの良い双子の兄にはとやかく言われたくない。

「手がかりはここしかない。アリアに雲隠れされたらおしまいだ」

 十無は憂鬱そうな顔をした。

 外見は瓜二つの二人だったが、十無は実直で生真面目な性格に対し、昇は後先考えず行動してしまうタイプだった。

 目立つこともないが仕事を着実にこなし、地道にキャリアを積み上げている兄。

石橋を叩いて渡るどころか橋の裏まで確認し、調査団までも率いて何年がかりの調査の末に、一歩ずつ進みそうな兄。

多分、今まで大きな失敗はしたことがないのだろう。

 そんな兄が困った顔をしているのを見ると、悪いと思いつつも昇は内心、ほくそえんでしまうのだった。

「何がおしまいだって?」

 二人はぎょっとして後部座席に目をやった。

 同時にパタンとドアが閉まり、そこには張り込み対象のはずのアリアが座っていた。

「な、なんだよ! ふつう、刑事の車に乗りこむか?」

 物怖じしないアリアに、昇は声が裏返ってしまった。

「硬いことなし。あれ? 十無かと思ったら……そうか、ここ数日見かけたのは弟の方か。初めまして探偵さん」

「兄貴、俺のことを話したのか? それにこいつ泥棒のくせに随分馴れ馴れしいな。いつもこんな感じなのか?」

 昇は顔をしかめて十無の方を見るが、ただむすっとして、

「いいや」と答えただけだった。

「失礼だなあ、泥棒だなんて」

 そう言いながらアリアは、助手席で沈黙している十無の、きちんと整えられた髪を撫でようとした。

 だが、十無はアリアの手を冷たく払いのけた。

「刑事さん、いつもに増して無口だね。顔は似ているけど、服装を見ると刑事さんのほうが几帳面?」

 襟足を短く整えた髪形で、仕立ての良い背広をきちっと着ている十無と、洗いざらしのようなワイシャツによれたコートを着込み、あまり手入れをしていないような長めの髪の昇とを見比べ、アリアはくすくす笑っている。

「ちぇっ」

 泥棒にまで兄と比較されて面白くない。

 昇は口を尖らせた。

 だが、何故か十無までもが不機嫌そうにしかめっ面をしていた。

「刑事さんはご機嫌斜めか。前に会った時のように女の格好の方がお気に召したかしら?」

 アリアの声が突然、途中から女性の声色になった。

 サングラスをはずすような仕草をしてニヤニヤしている。

「こいつ、女?」

 昇は眼を丸くした。

「からかうな」

 十無は怒り口調とは裏腹に、何か思い出したのか顔が真っ赤だった。

 いつも冷静沈着な十無がひどく動揺している。

「兄貴?」 

 十無は窓の外に顔を向けていたが、耳まで赤いのだから隠しようがない。

 原因は明らかに『アリア』だ。

 昇はまじまじとアリアを見た。

 サングラスで瞳は隠されていてわからないが、アリアは口の端で笑っていた。

 十無の反応を見て愉しんでいるようだ。 

 コートを着込んでいてはっきりわからないが、未成年だとしても線が細く小柄で女性のようにも見えた。

 先ほどの女性の声色を聴いた後ということもあるが。

 昇は首を捻った。

 半信半疑だった。

 肩につきそうな長めの髪に輪郭は隠されているが、細面の整った顔立ちで、引き締まったピンク色の唇が印象的な、サングラスをかけていてもちょっと人目を惹く美少年に見える。

 少年姿の女性といってもおかしくはない、中性的な雰囲気。

 もしや、兄貴がこいつに惑わされたとか?

「う~ん。まさか……」

「前に、色々とね」

 昇の考えていることを見透かしたように、よく響くアルトの声が、肩をすくめた。

「そんなことより二人ともここで何を?」

「お前を見張っているに決まっているだろう」

 すかさず十無が答えたが、顔は外に向いている。

「何のために」

「何のって、お前を捕まえるためじゃないか」

 十無の声が少し小さくなった。

「ふうん、探偵と? ……休みでしょ、今日は」

 アリアにそう突っ込まれ、一瞬、昇と十無は顔を見合わせた。

 十無は自分から言うはずがない。だからといって、これでは張り込みにならないし直接訊いたほうが効率がいい。

 黙っていろと目配せしている十無を視して、昇は白状した。

「実は、兄貴がおろしたばかりの給料を丸ごとスリに……」

 数日前の出来事、十無がセーラー服の少女に、すれ違いざま「刑事さん、アリアに宜しくね」と声をかけられたこと、その少女が姿を消してから、財布と警察手帳がないことに気づいたのだということを、アリアに話した。

「女子高生にねえ」

 じっと聞いていたアリアはこらえきれずくすくす笑っている。

「笑いごとじゃない!」

 十無は声を荒げた。

「それは災難だったね、面白い話をありがとう。じゃあまた」

面倒な話になってきたと察知したのだろう。アリアは厄介なことに巻き込まれるのを避けるように、慌てて車を降りようとした。

「待て、まだ話は終わっていない」

 十無がドアロックに手をかけて降りるのを遮った。

「何だよ、高校生に知り合いはいないよ」

「じゃあなぜお前の名前をわざわざ出した?」

「そんなこと知らない。それよりも刑事さん、早く上司に報告しないとこのままじゃクビになるかもよ」

「余計なお世話だ。知っていることを話せ」

「知らない」

「その娘とどこかで会っているはずだ。補導歴はないが多分スリの常習犯だ。背格好は百五十センチ程度で小柄、顔立ちは目がパッチリとしていて髪は三つ編みだった。心当たりがないとは言わせない!」

 十無は必死だった。

 かなり切羽詰っている。いつもは穏やかな十無が、昇が驚くほど語彙を荒げていた。

 アリアは少女の風貌を聞いてから、首をかしげて少し考え込んだ。

「その娘ってもしかして……」

双子はアリアのほうに身を乗り出した。

「そういえば同じ頃に同じようなことがあった。知らない女子高生に突然ぽんと背中を叩かれてアリアまたねって……」

アリアは一瞬顔を強張らせてまさかあの子が盗んだのか。と、アリアが呟いたのを双子は聞き逃さなかった。

「何かなくなったものがあるんだな?」

「実は……でも失くしたと思っていた」

「いったい何を盗られた?」

「たいしたものではないけれど」

 アリアは口ごもった。

「どうせ盗品だろう」

「おまえ、スリのくせにスリにやられたのか」

 今度は双子がニヤニヤした。

「刑事さんと一緒にしないでよ」

 そう言って、アリアはふくれっつらをした。

 その仕草が、ちょっぴり可愛いと思ってしまった昇は、慌てたのだった。 


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