1・プロローグ
それは一瞬の出来事だった。
セーラー服の女子高生が、すれ違いざまに東十無を見上げてにっこり笑顔を見せ、
「刑事さん、アリアによろしく」
と言ってコートをひるがえし、走り去ったのだ。
三つ編みの髪が走るときに跳ねていた。
東十無の瞳には、小柄な少女の、くりくりと動く子犬のような瞳が焼きついた。
もちろん、親戚の子でもなく、少年課ではないのだから仕事上の知り合いでもない。他に心当たりはなかった。
「アリア」という名前以外は。
所轄署の盗犯係である東十無は、この通称「アリア」という人物のことをよく知っていた。
中心街の雑踏での出来事に、十無はすぐそばにアリアがいるのかと咄嗟に見回したのだが、コートを着込んだ行きかう人の中にはそれらしき人物はいなかった。
「どういうことだ」
呟いても、誰も答えをくれる者は、いるはずもない。
アリアという名前から連想されるのは、嫌なことばかりだった。
長時間の張り込み。手がかりのない盗難事件。書類の山。そして、魅力的な女性の姿だったこと。『魅力的な女性』ではなく、あくまでも『女性の姿』。本人が自分は男だと言っていたのだから。
アリアは少年の服装に仕草、アルトの声だ。だが、東十無が初めに出会ったときは女性の姿だった。
どう見ても女性だった。
女性だと思いたい。それが、十無の本心なのだ。しかし、そのことを口にすることはできない。
なぜならば、アリアは東十無がマークしている泥棒なのだから。
色恋が大の苦手な東十無にとって、難事件よりも処理しがたい嫌な問題だった。だから、アリアという名前には情けないほど過剰に反応してしまうのだった。
「まさかあの女子高生はアリアの仲間なのか」
東十無は連想ゲームの末にでてきた泥棒の仲間という答えに、財布が急に心配になりコートの奥へそっと手を差し入れた。
絶句。
そこにあるはずの、給料の大半が入った財布がなくなっていた。
「ない?」
まだ信じられなかった。刑事である自分がまさかスリにあうとは。何度か背広をまさぐるが手には何も触れない。それに、警察手帳までもが見当たらないのだ。
「嘘だろ」
東十無は青ざめた。




