兄
兄『リョウ! 今日もイベクエ手伝ってくれ!』
主『はぁ? またやんの? どうせ勝てないって、兄ちゃん』
最近、兄はスマホゲームにドハマりしていた。
アニメとのコラボやイベントが始まるたび、必ず私を誘ってくる。
正直、もう限界だった。
自分の好きなゲームは全然できていない。見たかったテレビ番組も録画ばかり溜まっている。
噂をすると、某有名アニメとのコラボ開催が発表された。
『またかよ……勘弁してくれ』と思った。
すると、兄は少し残念そうな顔をした。
主『どうしたん兄ちゃん』
兄『このコラボ、前来た時キャラ全制覇したんだよな~』
主『そうなん。そしたらまた、別のコラボ来るまで待とうよ』
兄『そうやな。あ~あ残念。期待して損した』
勝った。
これでしばらくは静かになる。次のコラボまで、兄も私を誘わないだろう。
久々に、自分の時間が戻ってくる。
胸の奥に、妙な高揚感が広がった。
『な~にしよっかな~♪』
すると兄が突然。
兄『リョウ! 新キャラクター出てる!』
・・・。
主『はぁぁ!? ちょっと待てゴラァ!』
思わず感情が漏れた。
兄『一人! このキャラだけだからお願い!』
兄は、手伝ってくれたら今度ご飯奢ると言ってきた。
主『はぁ。なんなんもう~。』
それから、一週間後…
兄『コラボ開催日当日でぇ~す!いぇ~い!』
主『いぇ~~~ぃ…。始まった……地獄の時間だ』
さっさとクエストを終わらせて、久しぶりに自分のゲームをやろう。
『……まぁ、手に入ればの話だが、、』
このゲームはクエストに勝っても必ず欲しいキャラクターが手に入るわけじゃない。
何度も経験した事がある。(稀に出ることもあるが…)
主『はぁ、疲れた』
深夜二時半。
零時から始め、すでに二時間は超えている。
新キャラクターは一向に出なかった。
もう何十周したのかも分からない。
主『おい兄ちゃん、全然出らんやん。俺もう寝るけ、二階行くよ』
兄『おっけ~……』
兄は眠気混じりの声で返事をした。
部屋に持っていく物をまとめていたら、兄は秒で寝た。
兄『ンンンッ…モグモグ』
主『もう夢を見てやがる。はぁ…ほら兄ちゃん、二階行くぞ。二階で寝ろ』
『いや待て、下手に起こしてまたクエスト再開なんて言われたらたまったもんじゃない』
そう思った。
主『セーフ…ゆっくり寝ろよ兄ちゃん…』
そのまんまにして私は二階に行った。
ベッドに着こうとしたその時、
スマホが震えた。兄からの通知。
兄『もう少しだけやろう。』
主『はぁ? さっき寝てたやん……もぉ~…』
嫌々、私は再びゲームを起動した。
時刻は三時を回った。
『勘弁して…もう三時やん』
それから兄と、何周も同じクエストをした。
しばらくすると、ゲーム内での兄のキャラクターが動かなくなった。
『こりゃ、寝たか…俺もそろそろ寝よっと』
そう思った直後だった。
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
と階段を踏み鳴らす音。
『なんやなんや!』
兄の部屋の扉が閉まる音がした。
『ドンッ!!』
何かあったのか。
『うっさいな……時間考えろよ』
私は苛立ちながらも、妙な違和感を覚えていた…
父は眠りが浅い。
少しの音でも目を覚ます人だ。
なのに、いびきを掻いたまま起きない。
『なんで今の音で起きないんだよ』
数分後――
今度は爆音で音楽が流れ始めた。
耳障りなくらいの大音量。
それでも父も母も起きない。
『なんで!?はよ注意せぇよ!あぁもう!』
さすがに我慢の限界だった。
文句を言いに行こうと扉を開けた瞬間――
音楽が突如止まった。
ブツッ、と切れたわけじゃない。
音そのものが、押し潰されたみたいに消えた。
『ん?止まった?そんなのはどうでもいい。ったくコイツほんま』
私はそのまま兄の部屋の前まで向かった。
閉まっている扉越しで私は、
『お前さ! 階段上るのもそう! 音楽も! ええ加減にせぇや!』
そう怒鳴ると、
『ヒヒッ、ヒヒヒ……!ヒヒッ!!』
気味の悪い笑い方だった。
父『リョウ!急に大声あげるな!何時やとおもっとんか!』
父が目を覚まして私にそう怒鳴った。
主『だってこいつが!…』
父『いいけん。はよ寝ろ、ガチャンッ!』
主『なんで俺が怒鳴られんにゃいけんのかーや、イライラするわほんま』
私は腹が立って、一階へ降りた。
飲み物でも飲んで落ち着こうと思った。
リビングへ入ったら、
テレビも電気もつけっぱなし。
腹を出して、エアコンもガンガンにつけたまま。
主『ばかやろ……風邪ひくっちゅうねん』
その時。
兄が目を覚ました。
兄『リョウ、まだ起きてたん? 俺もう二階行くよ』
主『おん、俺ももう寝るわ………… ん?』
コップに注いだ水が溢れ出した。
主『ちょっと待って!兄ちゃん! はぁ!?どういうこと…』
理解が追いつかない、追いつけるわけない。
背筋が凍りつき今にも心臓が飛び出そうだった。
兄が一階にずっといたなら――
『さっきまで二階にいたのは、誰なんだよ…』
部屋に戻り灯りを全部付け、私は考えることをやめて布団に潜り込んだ。
翌朝。
私は起きてから、すぐ昨日の事を父と母に話した。
主『ねねパパママ、昨日の夜ドンドン階段上る音と大音量の音楽聞いた?』
すると父は不機嫌そうに言った。
父『聞いた。リョウ、お前いきなり大声あげるな。ったく近所迷惑にもほどがあるわ』
主『は?ママは?』
母『何の事かさっぱり~』
……聞こえていない
『おかしい…』
兄も、リビングでゲームを開いたまま寝落ちしていたらしい。
しかも、あの通知の記憶もない。
『もう少しだけやろう』
そのメッセージは、送信取り消しになっていた。
父『おいお前、大丈夫か?』
母『リョウくん、さっきから何言ってんのさ』
父と母がそう言って笑っていた。
『夢、だったのか…』
ふと、あの音楽が頭をよぎった。
主『ちょっと兄ちゃんタブレット貸して!いや、てか充電切れてるやん!』
そう充電が切れていた…
それはそうだ、兄が自分の携帯を持ち出した以来タブレットは使っていなかったのだ。
そもそもおかしいのだ、充電が切れていた端末が急に動画アプリを開いて音楽が流れるなど…
タブレットを起動させ、私は恐る恐る動画アプリの再生履歴を開いた。
『ポチッ、』
すると信じられない光景を目にしたのだ。
なんとその曲だけが、再生履歴に何百回も残っていたのだ。
履歴を遡っていくと一個前の動画は三年前の動画だった。兄がよく見ている配信者だ。
『夢じゃない。昨日のゲームのログイン時間も、使ったアイテムも減ったまま…』
『あれは、なんだったんだろうか…』
思い出したくもない一夜の出来事であり、人生史上一番奇妙な体験だった。
ただ、今でも思う。
あの時、兄の部屋の前で怒鳴った扉越しのあの不気味な笑い声…
あれは一体何者だったのか――
”ヒヒッ、ヒヒヒ……!ヒヒッ!!”




