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初めて口にする二度目の言葉  作者: 相上和音


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第16話 脚本、告白

 準備はもう大詰めだった。

 序盤の遅れを取り戻そうとクラスが一丸となって動いたためか、むしろ少し余裕があるくらいだ。

 後は演技を磨いていけばいい。


 というか脚本の前半部分は、すでにそらで演じることができるようになっていた。

 早く続きが欲しいところだ。

 そんなことを考えていると、タイミングを見計らったように波戸が瀬川を連れ立って話しかけてきた。


「脚本の前半部、持ってる?」

「持ってるよ」


 脚本を手渡すと、波戸はその後ろに紙の束を重ね、ホチキスで綴じた。

 そして「はい」と手渡し返してくる。


「完成したんだ」


 思わず声が弾む。


「明日には製本したちゃんとした物を配れるんだけど、アリス役の藤村には一足先に渡しておこうと思って」


 主役の特権と言うやつだろう。

 ありがたく享受する。


「それにしても、波戸に物語を作る才能があったなんて、知らなかったよ」


 私が何気なく言うと、波戸と瀬川は顔を見合わせて首を捻った。

 瀬川が自分の顔を指差す。


「話を考えたのは俺だぞ」

「あー、はいはい」

「本当に俺が考えたんだって!」

「でもこれ、全部波戸の字でしょ」

「そ、それは、俺は字が汚いから……」


 苦しい言い訳だ。

 そう思っていたのに、波戸が瀬川に助け舟を出した。


「話を作ったのは全部瀬川だよ。俺はまとめる手伝いをしただけ」

「えっ、本当?」

「本当」


 瀬川に視線を戻すと、彼は拗ねたようにそっぽを向く。


「ごめん、知らなかったから」


 瀬川は答えない。


「でもあれだよ、クラスの大半は波戸が脚本を作ったと思ってるよ。波戸が手伝うようになってから作業が進んだのは事実なんだし」

「……ま、まじで?」

「まじで」


 瀬川は露骨に傷ついた顔をする。


「貸せっ」


 私の手から脚本をひったくると、表紙に何かを書き込み始めた。

 覗き込むと、癖の強い字で『瀬川潤』と署名していた。


「ほら、お前も」


 瀬川が脚本とペンを波戸に押し付けた。


「俺はいいよ」

「いいからっ」


 波戸はしぶしぶといった様子で『瀬川潤』の下に『波戸一』と書いた。


「これでどうだ」


 瀬川が脚本を突きつけてくる。


「うん、いいと思う」


 適当に返事をして、脚本を受け取り鞄にしまった。


「今日はもうできることもないだろうし、帰ってもいいから」

「波戸は?」

「俺はまだやることが結構ある。たぶん、帰るのは下校時間ぎりぎりになるかな」


 そう言って彼は教室から出ていこうとした。


「波戸」


 瀬川がその背中を呼び止めた。


「なに?」

「えっと、あの、なんて言うか……。いろいろありがとな。助かった」

「別に、大したことはしてないよ。少し助言した程度だし」

「そうじゃなくて。いや、それもそうなんだけど……」


 お調子者の瀬川が、こうも言いにくそうにしているのは珍しかった。

 少しだけ興味が湧く。


「ほら、俺がお前に喧嘩売ったとき、お前わざと買っただろ。俺を庇うために」

「あー」

「だから、ありがとう」


 瀬川の顔が、ほんのりと赤くなっている。

 波戸は破顔した。


「どういたしまして」


 波戸が教室を出て行ってから、私は瀬川に尋ねた。


「どういうこと?」

「お前には関係ない」

「喧嘩売ったって、私と波戸のことをからかったあれでしょ」

「ああ、関係なくはないな……」


 瀬川はしばらく迷っていたけれど、やがて訥々と話し始めた。


「あれは、完全に俺が悪かった。俺が周りに迷惑をかけていたのは事実だったし、波戸が言ったことは全部正しかった。それなのに俺は逆切れして、八つ当たりしたわけだ」

「そうだね。私もまだちょっと怒ってるし」

「……悪かったよ。俺もいっぱいいっぱいだったんだ。自分からやると言い出した手前、できませんでしたとはどうしても言えなかった」


 ――どうせろくなものなんて作れない。


 瀬川が脚本に名乗りをあげた時、誰かがそう言っていたことをふと思い出した。

 あの一言が、彼をそこまで意固地にさせたのではないだろうか。


 彼は決して嫌われていないけれど、その軽薄なキャラのせいか、周りから軽んじられることが多かった。

 きっと自己像と周りの評価にかなり乖離があるのだろう。

 それを思うと、彼に対する憤懣は薄れ、少しだけ親近感が湧いた。


「それで?」


 私は先を促す。


「それで、俺は覚悟をしてたんだよ、周りから非難されるのを。もしかしたら孤立しちゃうかもなって思ってた。……でもクラスで俺を悪者扱いするやつは一人もいなかった。むしろ先に手を出した波戸を悪く言うやつがいたくらいだ」


 瀬川はそこで少し間を置いた。


「最初は『助かった、ラッキー』くらいに思ってたんだ。けど、そのあとすぐに波戸が脚本を手伝うよって言ってきて、それで手伝ってもらうことになったんだけど、あいつ、全く怒ってるような素振りを見せなかったんだよ。胸倉を掴むほど怒ってたはずなのに。それがちょっと気味悪くてさ、でもある時、ふと気づいたんだ。あれは演技だったんだなって」

「演技?」

「俺一人を悪者にしないために、あいつはわざと喧嘩を買ったんだよ」


 何か言わなければと思ったけれど、言葉は浮かんでこなかった。

 沈黙を先に破ったのは、瀬川だった。


「お前らって、本当に付き合ってないの?」


 私はむっとして瀬川を睨んだ。

 瀬川は苦笑いしながら手をひらひらと振った。


「違うって。おちょくってるわけじゃなくて、本当に気になるんだよ。男の俺から見ても、波戸はいいやつだと思うし」


 女の私から見ても魅力的だ、と反射的に答えそうになる。


「何気持ち悪いこと言ってんのよ」

「いや、なんて言うか、他の女にとられる前に告白したほうがいいんじゃねえの? と思って」


 告白、か。

 他の女にとられる前に告白しようとしたよ、と言ってしまいたかった。


「余計なお世話」


 ぶっきらぼうに、そう口にするのがやっとだった。


   × × × ×

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