マグロ爆弾
ほの暗い海中で何かが爆発した。爆発から逃げるように、マグロの群れが慌ただしくやってくる。
このマグロたちは皆、背びれから腹びれにかけて黒いベルトがたすき掛けで巻かれている。ベルトの左右いずれか一方には、同じく黒の箱が備えつけてある。
正面から見て、オスは右側、メスなら左側に箱がある。箱の中央にはランプがあり、いずれも緑色の光を点滅させている。規則正しく、電子音を響かせながら。
ピッ、ピッ、ピッ……。
小気味よく流れる電子音を引き連れ、マグロたちはすいすいと泳いでいる。しかし、群れの中ほどにいる一匹の顔色が悪い。右側に箱があるこのオスは、苦しそうな目をしている。あえぐように口を開閉しつつ、なんとか群れのペースに合わせていた。
それでも徐々に遅れをとり、群れの最後尾にも完全に引き離された。その時だった。彼のランプが赤に変わり、ひときわ大きな警告音が鳴り響いたのは!
ピーッ!
警告音と同時に、爆弾が起動。大きな爆発が発生し、大量の血しぶきと肉片が水中に飛び散る。黒い箱の正体は起爆装置で、先ほどの爆発も、このマグロ爆弾によるものだったのだ。ちぎれた内臓や血煙が、静かに水底へと沈んでいく。
他方、彼から離れていたマグロ爆弾の群れは、爆発の被害を免れていた。群れの後方でとあるマグロ爆弾が暗い声でつぶやく。
「今日だけで、二匹も死んじまった。本当にいやな日だよ、まったく……」
彼の隣にいた、やや小ぶりなもう一匹が答える。
「そうだな……」
この小ぶりなマグロ爆弾の名前は甲。若いオスの甲は、沈痛な面持ちをしている。最初につぶやいたマグロ爆弾がなぐさめる。
「気にするなってほうが無理だよな。それでも、前向いていこうぜ」
「うん……」
甲の返事には元気がない。数秒ほどの沈黙ののち、甲が切り出す。
「決めた。オレ、やっぱりこの群れから離れてみるよ」
励ましてくれたマグロ爆弾は驚く。
「えっ? いくら仲間が死んだからって、群れから離れることはないだろ?」
甲は胸の内を打ち明ける。
「そうじゃないんだ。オレ、最近ついてくのが苦しくなってたんだよ。ちょっと回遊のペースが速いから、今も少し無理してペース合わせてるんだ」
マグロ爆弾も、基本的な生態はマグロと同じだ。移動速度がほぼ同じ個体同士で、群れをつくり生活している。したがって群れの速度は死活問題となる。甲を引き止められないと悟り、話を聞いた相手は残念がる。
「そうか、それだけは仕方ないか……」
他のマグロ爆弾たちも、甲に別れの挨拶を伝える。
「元気でな、甲。機会があったら、絶対また会おうな」
「大丈夫。お前なら、いい群れがすぐに見つかるよ」
甲は仲間たちに頭を下げる。
「今まで、本当にお世話になりました。オレも、みんなのこと絶対に忘れないよ。またみんなに会えるよう、オレもいい群れにめぐりあってみせるよ」
仲間のマグロ爆弾は、湿っぽくならないようあえて明るく振るまう。
「楽しみにしてるぜ。それじゃ、またな」
甲は深々と、仲間たちに一礼する。
「ありがとう……」
別れを告げた甲は、尾びれを横に一振りして離れていく。遠のいていく群れからは、なおも惜別の言葉が聞こえてくる。群れに応える甲は、精いっぱい声を張り上げる。
「ありがとう!」
仲間たちと袂を分かった甲は、期待と不安を胸に大海をただひとり突き進んでいた。
正直、この広い海の中で群れを見つけられる保証はない。思いきったことをしたのはいいが、本当に大丈夫だろうか……? 他の群れに出会えないまま、一生を終えることになりはしないだろうか……?
ひとり身の心細さから、つい悪いほうへと考えが向かってしまう。暗い心をふり落とそうと、あえて遊泳速度を上げる。夢中で泳いでいた甲は、遠い前方に何かを見とめる。
「あれって、もしかして……!」
甲はにわかに色めきたち、さらに速度を上げ前進する。はっきりと目標を視界にとらえた甲は、喜びの声を上げる。
「やっぱりだ!」
甲が見たのはオスのマグロ爆弾だった。相手も彼が見えていたらしく、速度を上げて接近してくる。身体の大きさも、ちょうど甲と同じくらいだ。甲を間近に見た相手も、喜びを隠さなかった。
「やった! こんなに早く会えるなんて、やっぱり僕はついてるぜ!」
彼らは止まると呼吸ができなくなるので、たえず動かねばならない。合流した二匹は円を描いて喜びあい、横並びでゆったり泳ぎだす。まず甲が自己紹介する。
「オレは甲。さっき群れを抜けて、新しい群れを探してたんだ」
感じのいい相手は、上機嫌で甲にまくしたてる。
「僕は乙っていうんだ! 僕も今までの群れが合わなくて、新しい相手を探しはじめたところなんだ! 早速だけど、僕と競争してみない? その間に、いろいろと話を聞かせてよ!」
彼もかなり興奮していた。群れを出た不安に押しつぶされそうなとき、運よく同朋にめぐりあえたのがうれしかったに違いない。むしょうに高ぶる乙の気持ちが、甲にも痛いほどわかった。
乙が尾びれを横に幾度も振ることで加速すれば、甲も尾びれを動かし速度を上げる。ほぼ同じ速度で並走していく二匹の会話は途切れない。
「甲は何が好きなの?」
「オレはイカとかエビかな。普段なかなか食べられないから、次いつ食べられるかって期待する時間も楽しみなんだ。乙はどう?」
「僕もだよ! あとごちそうだからって、みんなで幸せになれる感じもいいよね!」
「わかるよ。自分だけじゃなくて、みんなも幸せだとすごい安心する」
「うんうん! だからなのか、先を急ごうとガツガツする雰囲気がどうも苦手で……。それより僕は、全員で無理なく進んでいける群れのほうがいいんだ」
「オレもだよ! 前の群れでは無理してたから、少しゆったりしたところに行きたかったんだよ。オレたち、何かと好みが合うね」
乙は機嫌よく答える。
「僕もそう思ってた。だからあとひとつ、甲と確かめておきたいことがあるんだ」
「確認したいのは、オレの速さかい?」
甲の返答を聞くなり、乙は元気よく提案する。
「そう! あとはスピードがかみ合えば、相性バッチリってわかるからね! だから本気で競争してみようよ!」
「わかった。じゃあ、始めようか!」
甲が快諾すると、乙は力強く水面を蹴りボンッと大きな音を立てる。
その音を合図に、二匹は尾びれを水中に叩きつけ猛然と加速する。音を立てながら高速で移動する姿は魚雷さながらだ。二匹とも一対の背びれと腹びれを立て、力の限り水中を駆けぬける。どちらもスピードは互角で、無言の並走が続く。
乙は甲を一瞥すると、たたんでいた後方の背びれと腹びれを広げる。
マグロ爆弾にも背びれと腹びれが前後にふたつずつある。普段は後方のひれをたたんで泳いでいるが、広げるとブレーキの役割を果たしてくれる。
相手が減速すると気づき、甲も後方のひれを出してスピードをゆるめる。速度が落ちついた頃には、乙も感心しきりだった。
「スピードもほとんど同じ……! 僕たち相性バッチリだね!」
「うん……! これなら、オレたちで群れができそうだよ!」
感慨に浸る甲を前に、早くも乙は有頂天になっている。
「僕たち二匹なら誰にも負けないさ! 無敵の群れがは僕たちから始まるんだ! これからよろしくね、甲!」
甲は苦笑いを浮かべる。
「よろしく、乙。でも、まだオレたちだけじゃないか。さすがに無敵は言いすぎだよ」
「そんなことないさ! そもそもこの広い海で、こうして僕たちが出会えたことから奇跡は始まってるんだ! きっとまだまだこの奇跡は続くよ! だから甲も、もっと気持ちを大きく持たなきゃ!」
少しお調子者にも思えるが、乙の前向きな言葉に甲も勇気づけられていた。
「ありがとう、乙。お前と話してると、オレもなんだか元気が出てくるよ。一緒に頑張ろうな」
乙は相変わらず、持ち前の元気を爆発させている。
「その意気だよ、甲! 君にも頑張ってもらわないと、僕たちは無敵の群れになれないんだから! よーし、僕も頑張るぞ!」
こうして、甲と乙による新たな群れは産声を上げた。その後も話は弾み、二匹の姿は広い海の中へと消えていく。
甲と乙が出会った一週間後。完全にうちとけた二匹は軽口をたたいて、あてもなく泳いでいた。
「もう少し先に、イカとエビのいい漁場があるんだ! 甲も、きっと見たら驚くよ?」
「楽しいだろうなぁ、乙とふたりで腹いっぱい食べられたら」
「僕も今から待ち遠しいよ! ん……?」
「どうした、乙?」
「甲、左側よく見て。何か、僕たちに近づいてくるよね……?」
甲は左側に気を配る。確かに、左前方から何かが自分たちのもとへ近づいてくる。もし相手がサメやシャチなら、いち早く逃げなくては……。
しかし、この警戒は杞憂に終わった。近づいてきたのは、自分たちと同じマグロ爆弾だったからだ。彼らよりも身体が小さく、起爆装置は左側にある。メスのマグロ爆弾だ。不安な気持ちを表すように、彼女の泳いでいる姿はどこか頼りなく見えた。心配した甲はいぶかる。
「もしかして、オレたちみたいに群れを抜けてきたのかな?」
「それなら、きっと心細いはずだよ! 行ってみようよ、甲!」
「うん。話を聞いてみようか」
二匹はゆっくりと、メスのマグロ爆弾に向かっていく。遠目に見える相手は、どことなく怯えた目をしていた。しかしいざ甲と乙を間近に見ると、彼女は相好を崩す。さだめし地獄で仏に会った気分に違いない。三匹で泳ぎつつ、乙が気さくに呼びかける。
「君も、群れを抜けてきたの?」
相手は困ったように答える。
「違うの。わたし、さっき群れからはぐれちゃって……。それでどうにか戻ろうと、群れを探してたの」
群れとはぐれてしまったのは一大事だ。さっそく甲は相手に助け船を出す。
「それなら、早く群れに合流しないと。オレたちも、探すの手伝おうか?」
甲の提案に、乙も食い気味で同意する。
「うん! 僕たちも協力するよ! 困ったときはお互いさまさ!」
メスのマグロ爆弾は驚いている。彼女はおずおずと聞き返す。
「本当に、いいの……?」
不安な相手を安心させるように、二匹は穏やかに話しかける。
「いいよ。オレたち、特にやることもないしさ。仲間のいない心細さは、オレらにもよくわかるから」
「そうとも! もう何も心配いらない! 僕たちが無事に、君を群れまで送りとどけてあげよう!」
感激した彼女は、二匹に自己紹介する。
「本当に、ありがとう! わたしの名前は丙よ。あなたたちは……」
「僕は乙! こっちは甲だよ!」
「よろしくね。甲、乙。あなたたちは、群れになったばかりなの?」
丙の問いかけに、甲が言葉を返す。
「群れになって一週間くらいだよ。オレたちは前にいた群れのペースが速くて、もっとゆっくりした群れを見つけてる最中に出会ったんだ。丙は、けっこう長く今の群れにいたのか?」
「えぇ。他の場所にはいたことないから、いまもけっこう動揺してて……」
不安がちな丙を、乙が明るく励ます。
「大丈夫! さっきはぐれただけなら、きっとすぐに戻れるさ! だから、そんなに丙も心配することはないよ!」
甲も丙を元気づける。
「うん。まだ丙の群れは近くにいるはずだから、はぐれたところまで行ってみよう。そうすれば、きっとオレたちも追いつける」
「甲も乙もありがとう。わたしのこと、励ましてくれて」
丙がおずおずとお礼を伝えると、乙は無邪気な笑みを浮かべる。
「当たり前のことをしてるだけだよ! じゃあ早速、戻ってみようか! グズグズしてたら、それだけ群れと離れちゃうからね!」
甲と丙もうなずき、三匹は丙を先導にもといた群れを捜索する。泳ぎながら丙が事情を説明する。
「はぐれる前に、これから西のほうに行ってみようってみんなで相談してたの。だから西の方角を探したんだけど、群れは影も形も見えなくて……」
すぐに遭難場所にたどり着いたものの、彼女の話では西に群れはいないようだ。行き先に目星がつけられず、甲は苦りきる。
「肝心の西にはいないのか……。このあたりは土地勘がないから、いったいどこに行けばいいやら……」
止まれないので、三匹はその場で円を描きながら次の手を考える。何かを思い出した乙が口を開く。
「それなら、違う方角に進んだのかもしれないね。たしか東にも、いい漁場があるって聞いたことがあるよ! もしかしたら、みんなそっちにいったのかも!」
丙は即答する。
「わたしたちも東に行ってみましょう! そうすれば、また群れが見つかるかも!」
「そうだな。すぐに行ってみよう」
すぐに三匹は手がかりを求めて東に泳いでいく。ほどなく甲・乙・丙の後ろ姿が、薄暗い海の彼方へと遠ざかっていく。
三匹で丙の群れを探してから、既に数日が経過していた。群れはまだ見つからない。連れだって泳ぎながら、悄然とした丙が謝罪する。
「ごめんなさい。わたしのせいで甲と乙にまで、すごい迷惑かけちゃって……」
落ちこむ丙を、乙がなぐさめる。
「丙が謝ることなんてないよ! 僕たち、ぜんぜん迷惑なんて思ってないしさ! むしろ僕たちこそ、丙に謝らなきゃ! 群れに合わせてあげられなくてごめん、って」
甲も丙に謝る。
「あぁ。ごめんな、丙。もう何日も探してるのに、群れを見つけられなくて」
丙は慌てて気遣う。
「甲も乙も謝らないで! 甲と乙がどれだけ一生懸命探してくれてるか、わたしすぐ近くで見てるもの! それなの謝られたら、すごい申し訳ないから……」
乙はいたずらっぽく場を和ます。
「かえって、僕たちのほうが励まされちゃったね。丙がいてくれると楽しいから、ずっとここにいてもいいんだよ?」
乙の冗談に甲は笑っている。
「おいおい……それじゃあ、丙が群れに戻れないじゃないか。何のために、オレたちは丙の群れを……」
ふいに甲の言葉が途切れる。彼の目は、前方の光景に釘づけになっていた。
彼らの前に広がっていたのは、マグロ爆弾が爆死したあとの惨状だった。水中がうっすらと赤く染まり、ちぎれとんだ肉片や内臓が至るところにただよっている。
乙は二匹に目配せし、この場所を避けて進もうと考えた。甲は険しい表情で小さくうなずき、丙を一瞥する。
一方、丙は明らかに狼狽していた。顔からは血の気が引いており、眼前の光景に怯えきっている。見かねた乙は心配そうに声をかける。
「大丈夫、丙? 顔色が悪いけど……」
丙は何も答えず、甲と乙に背を向け逃げるように泳ぎはじめる。甲と乙は慌てて、彼女のあとを追いかける。二匹は口々に丙を呼びとめる。
「どうしたんだ、丙? 丙! 」
「何があったのさ、丙? 待ってよ! 僕たちを置いていかないでよ!」
必死な叫びが届いたのか、一目散に突き進んでいた丙もしまっていたひれを出し減速していく。とぼとぼ泳ぐ彼女に、二匹もようやく追いついた。甲は相手を気遣う。
「どうしたんだよ、丙? 丙は、仲間の死体が苦手なのか?」
無言でうつむく丙を、乙もいたわる。
「うん。仲間の死体が苦手なマグロ爆弾もたくさんいるんだ。僕だって、見てて、いい気分にはならないもの。たとえ怖くても、恥ずかしがることなんてないんだよ?」
まだ恐怖にとらわれているのか、丙は震える声で答える。
「ごめんなさい……。わたし、死体を見たらすごく怖くなって、すぐ逃げ出したくなっちゃうの……。そのせいで、群れともはぐれちゃって……」
丙の怯えようは尋常ではなかった。何かわけがあると思った甲は、相手を刺激しないよう穏やかに語りかける。
「もしかして、何か過去に嫌なことでもあったのか……? よかったら、オレたちにも話してくれないか……?」
乙も神妙な表情で切り出す。
「うん。話してくれれば、きっと僕たちも丙を助けてあげられると思うんだ。だから、僕たちにも話してもらえないかな……?」
彼らの誠意と優しさは、丙の心の琴線に触れた。しばし無言でのろのろと泳ぐと、ついに彼女は重い口を開く。
「ありがとう……。甲……乙……。実は、ちょっと前にこんなことがあってね――」
丙がまだ群れですごしていた時のこと。数十匹ほどの群れのなかで、丙は自分と同じくらいの体格をした、メスのマグロ爆弾と談笑している。
「丙も、今度はちゃんと食べな? あんたが困ってたら、またあーしが助けてあげるからさ」
「ありがとう、丁。いつも、わたしのこと気遣ってくれて」
丙が話していたのは、親友の丁だった。同い年の親友で姉御肌だった彼女は、事あるごとに丙のことを気遣ってくれる。この日もいつものように盛り上がっていると、群れの中から切羽詰まった声が響きわたる。
「シャチだ! シャチの群れが来たぞ!」
群れに一瞬で緊張が走り、全員で周囲を警戒する。右後方から、十頭近いシャチの集団が丙たちの群れに忍びよってくる。
彼らの放つ殺気も、自分たちが狙われていることを裏づけていた。群れは捕食者から逃げようと、徐々に速度を上げていく。しかしシャチたちも食らいつき、鋭い眼光でターゲットを見定める。先頭の一頭が、狩りの対象を決定する。
「あいつを狩るぞ。わかったな」
「おう」
標的に選ばれたのは丙だった。一頭のシャチが、群れに向かって突進する。
丙が狙われてる!
敵の目論見をいち早く察知した丁は、咄嗟に体当たりで丙を突き飛ばす。突進してきたシャチは、動じることなく仲間たちに号令する。
「目標変更だ! オレに続け!」
シャチは丁に体当たりする。横から勢いよくぶつかられ、彼女は苦悶の声を上げる。
「うっ……!」
苦しそうな親友に、丙は叫ぶ。
「丁!」
この衝突を皮切りに、シャチたちは次々と丁に体当たりを炸裂させる。あまりの勢いゆえ、マグロ爆弾たちは丁を助け出すことができない。鈍く重い音が水中で響くたび、彼女は確実に消耗していく。
それでも、丙は身を挺して親友をシャチからかばう。
「もうやめて!」
飛びだしてきた親友に、丁は驚愕する。
「何してんの! 早く逃げて、丙!」
丙はすぐさま反論する。
「ダメだよ! わたし、丁のことほっとけないよ!」
かばいあう二匹を尻目に、シャチたちは早くも動きだす。
「狙いはそのままだ! 邪魔者は突きとばしちまえ!」
一頭のシャチが全力で丙に激突し、彼女を丁の前から退ける。必死の覚悟むなしく、再び丁はシャチたちの波状攻撃にさらされてしまう。孤立しかかった丁を見て、群れの一匹がおののく。
「あいつらは何度も体当たりして、標的を群れから孤立させて狩るんだ……! このままだと、丁は……!」
仲間の話に、丙は絶望する。
「そ…そんな……!」
執拗な攻撃にさらされ、丁は次第に群れから切り離されていく。丙は親友を案じ、群れから離れて彼女を助けようとする。
「しっかりして、丁! 丁!」
弱りゆく丁の目に、自分を心配して駆けつける親友の姿が目に映った。丁は大きく目を見開き、親友を制止する。
「来るな! 丙!」
いつになく鋭い語気と気迫が、丙に近づくことを躊躇させた。丁の白目は真っ赤に変わっている。その目を見た丙は戦慄する。
マグロ爆弾は、寿命とともに爆弾が起動する。基本的には自分の意思では起爆できないが、ただひとつだけ例外がある。
それは群れを守る必要性の高い、緊急事態が発生した場合だ。そのときにのみ自爆が可能となる。起爆可能なサインとして、マグロ爆弾の両目は真っ赤に変わるという。
そして、いま丁の目は真っ赤になった。起爆装置のランプも、赤色に変わる。青ざめる丙に、丁は優しく微笑む。
「さようなら、丙。あーしのぶんまで、ちゃんと生きるんだよ――」
壮絶な体験に、甲と乙も言葉を失う。丙は蚊の鳴くような声で打ち明ける。
「……丁のおかげで、わたしたちの群れは助かったわ……。そのあとも、わたしは群れに残った……。みんなも、わたしを気遣ってくれた……。だけどそれ以来、爆発した死体を見るたび、丁のことを思い出すの……。わたしさえいなかったら、きっと丁は今も生きてたのに……。あの時、丁じゃなく自分が死ぬべきだったんだ、って……」
静寂の中、丙の悲痛な告白だけが響く。乙はかけるべき言葉をうまく見つけられず、悔しそうに押し黙っている。丙の隣にいた甲は彼女の眼を真横から見据え、真摯に訴えかける。
「……確かに、丁が死んでしまったのは痛ましいことだよ……。でも、自分がかわりに死ぬべきなんて考えちゃダメだ。きっと、丁はそんなこと望んでない」
伏し目がちな丙に、なおも甲は続ける。
「丁が望んでるのは、自分のぶんまで丙が幸せに生きてくれること。きっと今も、丁は心配してるはずだよ。丙が、自分との約束を守ってくれないことを」
悲しい目をした丙がすぐさま聞き返す。
「じゃあ、どうしろって言うのよ? 丁を忘れることなんて、わたしにはできない!」
甲は静かに、かつ穏やかに指摘する。
「そうじゃないよ。丁を忘れないために、全力で生きるんだ」
「えっ……?」
驚く丙に、甲は自分の気持ちを伝える。
「確かに、もう丁はいないかもしれない。だけど、丁との思い出は、彼女が生きた証はちゃんと丙の心に残ってる。今まで丁に助けてもらったなら、今度は丙が丁を助けてあげればいい」
「いったい、どうやって……」
「あの時、丙は丁にもうひとつの命をもらったんだよ。今の丙には、ふたりぶんの命があるんだ。丙がよく生きれば、丁と一緒に夢を見続けられる。だからこれからは、丁のぶんまで頑張って生きてあげればいいんだよ。ふたりぶんの夢を、叶えていけるように」
丙の目からは、涙があふれている。乙も明るく丙を励ます。
「きっと、いま丁は怒ってるよ? いつまでも泣いてちゃダメってさ! それより、早くふたりで一緒に夢を叶えたいはずだよ! 丙には丁のほかに、甲や僕もいるんだ! みんなで頑張れば、丁が笑っちゃうくらい大きな夢だって必ず叶えられるよ!」
甲と乙に励まされ、丙は感極まる。彼女は涙を流しつつ、二匹に心から感謝する。
「……うん……! 甲、乙……本当に、本当にありがとう……! わたし、丁のぶんまで頑張るから……!」
しばらくして、泣きじゃくっていた丙も落ち着きを取り戻す。三匹で並走しながら、丙は甲と乙に謝る。
「ごめんね。また、迷惑かけちゃって」
乙は元気よく反応する。
「いいんだよ! 誰だって辛いときはあるもの! むしろ丙が元気になったから、僕たちもほっとしたよ!」
甲もすぐ同意する。
「うん。元気が出たなら、再会した群れのみんなもきっと喜ぶよ。また、丙の群れを探しにいこう」
丙からは予想外の言葉が返ってくる。
「ううん。もう、群れのことはいいの」
意外に思った甲は、即座に聞き返す。
「えっ? どうして?」
丙は屈託なく語る。
「もっと、いい居場所を見つけたから。わたしね、これからも甲や乙、丁と一緒にいたいんだ。ダメ、かな……?」
甲と乙は嬉しそうに顔を見合わせる。もちろん、二匹とも返事は決まっていた。
「こちらこそ、どうかよろしく。丙が来てくれて、オレたちも嬉しいよ!」
甲が喜べば、乙もはしゃぎまわる。
「やった! 本当に、丙が群れに来てくれるなんて! どんどんいい群れになるぞ!」
もう丙の顔からは、不安や悲しみが完全に消しとんでいた。丙は心からの笑顔で、明るく挨拶する。
「えぇ。これからもよろしくね。甲、乙」
甲と乙も笑顔で頭を下げる。本当の仲間になった三匹は、活気に満ちあふれていた。
「丙が来た! リーダーも決まった! きょうの僕たちは、いいことばっかりだね!」
「リーダーなんて、いつ決めたんだ? オレは、決めた覚えなんてないぞ」
「甲に覚えがなくても、もう群れのリーダーは決まってるわ。ねぇ、乙?」
「うん! リーダーは甲しかいないよ!」
「えっ! オレより乙のほうが、群れを引っ張ってくれてるじゃないか」
「それは違うよ。僕も丙も、甲に助けられてここまできたんだ。甲はさっきみたいに、必ず相手に寄りそってくれる。だから僕も思ったことを、いつも気兼ねなく言えるんだ。僕も丙も、甲のおかげで最高の居場所を見つけたんだ! それなのに、甲が僕たちのリーダーにならなくてどうするんだい?」
いつになくひたむきな乙に、甲はただただ驚かされていた。困った彼が丙をのぞきこむと、彼女も小さくうなずいている。ふたりの熱意に動かされた甲は、ややかしこまって答える。
「それじゃあ、いちおうオレをリーダーにしておこうか。でもリーダーになっても、特に何も変わらないぞ?」
乙は得意げに即答する。
「知っているとも! 甲の希望通り、これからも僕が群れを引っぱってあげよう!」
丙も優しく呼びかける。
「それでいいのよ。甲も乙も、これからよろしくね。頑張りましょう。この群れがこれからも、誰かにとっての、あたたかい居場所になれるように」
甲もうなずき、三匹は希望を胸に広い海の中を突き進んでいく。輝いている彼らの目には、確かな優しさと喜びが宿っていた。
三匹で仲良く談笑している最中、甲にはふと乙や丙とは違う声が聞こえた気がした。
「ありがとね、甲。これからも、あーしの親友よろしく頼むよ?」
もしかして、これが丁の声か……? 甲はひとり納得しながら、今なお丙を見守ってくれる親友の言葉に心の中で何度もうなずいていた。
丙の加入を機に、少しずつ群れは大きくなっていった。三か月もすると、数十匹ほどのマグロ爆弾が集まっていた。もちろん、群れの先頭にいるのは甲だ。その両隣には、乙と丙も泳いでいる。
後方の仲間たちを一瞥した甲は、ひとり感慨に浸る。自分たちの群れは、確かに誰かのための居場所になっている、と。
甲が乙をのぞきこむと、彼はウインクで返す。反対側の丙を見ると、彼女も微笑んでいる。丙の隣には、彼女を見守る丁の姿が浮かび上がっているように思えた。奇遇にも、三匹、いや、四匹ともまったく同じことを考えていたようだ。
どんなに群れが大きくなっても、自分たちの根底にある想いは決して変わらない。その思いを希望に変え、甲たちは今日も全力で生きていく。
月日は流れ、甲・乙・丙の姿はもう群れにはない。今の群れを担っているのは、彼らの子孫たちだ。
しかし先導するマグロ爆弾たちには、どことなく三匹の面影がある。彼らの目もかつての先祖たち同様、希望に燃えている。甲たちの想いは、しっかり群れに受け継がれているようだ。彼らが希望とともに、群れの仲間たちを力強くけん引している。
この群れの中で、あるオスのマグロ爆弾が苦しそうな目をして泳いでいる。
虚ろな目をした彼は、徐々に群れから引き離されていく。とうとう完全に孤立し、起爆装置のランプが緑色から赤色に変わる。ひときわ大きな警告音が、海中にこだまする。
ピーッ!
大爆発とともに、大量の血しぶきと肉片が水中に散乱する。赤く染まった水中を、数えきれないマグロ爆弾のかけらがゆっくりと沈みこんでいく。
一面に広がっていた血の煙幕が、次第に薄まっていく。うっすらと、水の色も透けて見えてきた。その薄い赤色の幕ごしに見えたのは、次第にかなたへと遠ざかっていくマグロ爆弾たちの後ろ姿だった。




