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隻腕の斧少女と、転生者の旅  作者: Ao114535
第4章 ブレイピア決戦
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14話 兄弟として

青白い剣が、空気を裂く。


ユウジは、その軌跡を目で追った。


「……なんだ、それ」


低く、呟く。


魔力で構築された刃。


そして――右目だけ、碧に光る瞳。


見たことがない。


知らない。


だが。


「関係ねえ!!」


地を蹴る。


大剣が唸る。


鍔迫り合い。


火花が散る。


「面白くなってきたじゃねえか!!」


叫びながら、押し込む。


ユウトは一歩だけ引き、流した。


「……っ」


ユウジの重心が前に出る。


その隙を。


ユウトは突かない。


ただ、距離を取る。


「……なんで攻めてこねえんだ」


苛立ちが滲む。


ユウトは何も言わない。


ただ、静かに構えを戻す。


その目が。


まっすぐ、ユウジを見ていた。



それから。


二人の剣戟は、止まらなかった。


一合。


十合。


百合。


石畳が砕け、壁が抉れ、周囲の建物が衝撃で揺れる。


ユウジの大剣は、振るうたびに地形を変えた。


だが。


ユウトは、捌き続ける。


受けない。


流す。


躱す。


最小限の動きで、すべてを往なしていく。


「……なんでだ!!」


ユウジの声が、荒くなる。


「なんで当たらねえんだ!!」


剣速が上がる。


角度が変わる。


だが結果は、同じ。


青白い剣が、それをことごとく受け流す。


ユウジは歯を食いしばった。


「……チッ」


距離を取る。


一呼吸。


大剣に、どす黒い魔力が絡みつく。


空気が歪む。


「ならこれはどうだ!!」


「――黒衝斬!!」


無数の斬撃が、ユウトへと殺到する。


一つではない。


幾重にも重なる、暴力の奔流。


だが。


ユウトは踏み込んだ。


「……っ」


青白い剣が動く。


一閃。


二閃。


三閃。


斬撃の群れを、次々と弾いていく。


残りは。


ひらり、と身を翻す。


空を切る黒い刃。


着地。


無傷。


「……は?」


ユウジの動きが、止まる。


「……嘘だろ」


呆然と、呟く。


だが。


すぐに表情が変わった。


怒気。


焦り。


そして。


「……ああ、そうかい」


低く、静かな声。


「本気でやれってことだな」


距離を取りながら、詠唱を始める。


魔力が、周囲の空気を侵食していく。


黒い霧が立ち込める。


ユウトの周囲に。


一つ。


二つ。


三つ。


黒い魔法陣が、幾重にも展開されていく。


四つ。


五つ。


十。


二十。


収まらない。


どこまでも広がっていく。


「逃げ場は、ないぞ」


ユウジが低く言う。


「これが……俺の奥義だ」


魔力が、臨界に達する。


「――黒衝斬」


息を吸う。


「千烈!!!!」


爆発。


無数の黒い斬撃が、全方位から一斉に収束する。


回避不能。


防御不能。


空間ごと、刻み尽くす暴力。


「終わりだ!!兄貴!!」


だが。


煙が晴れた時。


ユウトは。


立っていた。


傷一つなく。


青白い剣を、静かに構えたまま。


「……なんで」


ユウジの声から、力が抜ける。


「なんでだよ……」


「見えてんのか……お前」


震える声。


「未来が……見えてんのか!!」


怒号が、戦場に響いた。





――せや。


ゼイトから託されたもの。


【予見眼】。


持ち主の魔力に応じて、未来が見える魔眼。


今の俺じゃ……せいぜい2秒先。


それだけや。


でも。


2秒あれば十分や。


加速神域を発動している今の俺には。



ユウトは、ユウジの怒号に何も答えない。


ただ、その目で見つめ続ける。


その時。


背後。


気配。


音もなく放たれた、魔力の斬撃。


不意打ち。


だが、ユウトは振り返りもせず。


青白い剣を、背後へ向けた。



(ユウトの内心)


――魔空の剣。


ゼイトから継承した、もう一つの力。


加速神域の発動中だけ使える。


持ち主の魔力に応じて。


対象を一つだけ。


空間ごと、断ち切る剣。




ズパンッ。


乾いた音。


不意打ちの斬撃が。


空間ごと、断ち切られた。


消える。


跡形もなく。


ユウジの目が、見開かれる。


「……なんだ、今の」


その呟きが終わる前に。


ガキィィンッ!!


激しい金属音。


二人の刃が、噛み合う。


鍔迫り合い。


火花が散る。


息がかかる距離で。


ユウトは、静かに口を開いた。


「……なあ、ユウジ」


「あ?」


「なんで魔王軍に入ったんや」


低く。


だが、真剣に。


「それと……なんでお前が、この世界におるんや」


ユウジは一瞬、目を細めた。


そして。


ニヤリと笑う。


剣ごと、ユウトを弾き飛ばす。


ドンッ。


石畳を滑るユウト。


着地。


ユウジは両手を横に広げた。


まるで、舞台の上に立つように。


「決まってんだろ!!」


高らかに、叫ぶ。


「この身体を見ろ!!」


両腕を広げたまま、振り返す。


「五体満足!!右腕も!!右足も!!全部ある!!」


笑う。


心底、嬉しそうに。


「転生できたのも!!この身体を取り戻せたのも!!」


「全部、全部!!魔王サマのお陰だ!!」


「だから俺は!!」


剣を天に向ける。




「この強大な力をくれた魔王サマに!!」


「誰が何と言おうと!!」


「忠誠を、誓ってんだよ!!!!」




その言葉が。


戦場に響き渡った。






ユウトの目が、大きく見開かれる。


(……魔王が)


(ユウジを、転生させた?)


(なんで……なんで魔王にそんなことが出来んねん)


(転生って……そんな簡単に出来るもんやないはずや)


(ゼイトでさえ、思念体で消えかけながら俺を転生させた)


(なんで魔王が……)


(……待てよ)


(魔王は)


(ゼイトの息子や)


(つまり)


(時空間魔法の……血を引いてる)


(……まさか)


思考が、凍る。


だが。


今は。


「……それでも」


ユウトは、剣を構え直す。


「他の人を傷つける生き方は」


真っ直ぐに。


弟を、見る。


「兄として……見過ごせへん」


その言葉に。


ユウジの顔が、歪んだ。


「……兄として」


低く。


「兄として……か」


「兄、兄、兄って!!」


爆発。


「うるせえんだよ!!!!」


地を蹴る。


猛然と、ユウトへ迫る。


その目の奥に。


怒りとは、違う何かが。


燃えていた。







幼い頃から、分かっていた。


兄と弟。


同じ家に生まれて。


何もかもが、違った。


学校の成績。


先生の評価。


親戚の目。


「お兄ちゃんを見習いなさい」


「ユウトはこんなにできるのに」


「ユウジ、またか」


聞き飽きた言葉。


だが。


「ユウジ」


母親だけは、違った。


台所で夕飯を作りながら。


振り返って、笑う。


「お前は諦めないじゃないか」


「それって、すごいことだよ」


その言葉が。


ユウジの、全てだった。



だから。


母親が死んだ時。


世界が、終わった。


交通事故。


白い病院。


白い花。


棺の中の、穏やかな顔。


泣いた。


泣いて、泣いて。


それでも。


剣だけは。


諦めなかった。


絶対に。


ユウトに勝つ。


それだけを、胸に。


毎日、素振りをした。


朝も。


夜も。


授業中も、頭の中で軌跡を描いた。



父親は。


変わっていった。


もともと多くを語らない人だった。


だが。


母が死んでから。


目が変わった。


ユウジを見る時の目が。


いつも。


どこか遠い。


「ユウト、今日の成績は」


「ユウト、剣道の結果は」


「ユウト……」


「ユウト……」


ユウジの名前は。


ほとんど、出なかった。



中学剣道全国大会、決勝。


相手は。


ユウト。


「……勝つ」


竹刀を握る。


汗が滲む。


観客の声が、遠くなる。


「始め!」


踏み込む。


速い。


反応する。


打つ。


受けられる。


また打つ。


また。


また。


「メェン!!」


乾いた音。


頭に、衝撃。


旗が上がる。


「一本!!」


膝が、折れそうになる。


こらえる。


その瞬間。


スタンドから、声が聞こえた。


「すごいぞユウト!!」


振り返る。


父親が、立ち上がっていた。


拍手しながら。


笑いながら。


ユウジは。


その背中を、見ていた。



それでも。


諦めなかった。


地区大会。


県大会。


全国大会。


何度、ユウトと当たっても。


何度、負けても。


やめなかった。


そして。


高校一年生。


インターハイ。


準々決勝。


準決勝。


決勝。


相手は。


また、ユウト。


「……今日こそ」


竹刀を握る手に、力が入る。


「始め!」


踏み込む。


速い。


だが。


今日は、違う。


受けられた。


流される前に。


動く。


見える。


「せぇい!!」


胴。


旗が上がる。


観客が、どよめく。


「一本!!」


ユウジの胸が、爆発する。


やった。


ユウトから。


一本、取った。



試合は、ユウトが勝った。


準優勝。


それでも。


整列の後。


ユウトが近づいてきた。


「……強くなったな、ユウジ」


いつもの、静かな声。


だが。


その目は。


真っ直ぐに、ユウジを見ていた。


「お前の胴、見えなかった」


短い。


短いけど。


「……そっか」


ユウジは、俯いた。


目が、熱くなる。


「じゃあ、次は勝つわ」


「ああ」


ユウトは、頷いた。


「楽しみにしてる」


その一言が。


何より嬉しかった。



だが。


世界は。


残酷だった。


「剣道辞めろ」


不良仲間のリーダーが、言った。


「俺たちと遊びてえなら、な」


ユウジは、断った。


「嫌だ」


それだけ。


返ってきたのは。


拳だった。


何人もの。


止まらない。


蹴りが来る。


殴られる。


転がる。


「……ッ」


立てない。


「邪魔だったんだよ、お前は」


遠くなる意識の中。


川の音が聞こえた。



目が覚めると。


白い天井。


身体が。


重い。


視線を落とす。


布団の上。


右腕が。


ない。


右足が。


ない。


「……あ」


声が、出ない。


頬に。


何かが伝う。


触れようとして。


腕がない。


涙だと。


分かった。


剣が。


振れない。


もう。


二度と。



ガタン。


廊下から。


忙しない足音。


ユウジは慌てて。


顔を。


背けようとした。


「ユウジ!!大丈夫か!!」


ドアが、勢いよく開く。


ユウトだった。


息を切らして。


目を血走らせて。


駆け込んでくる。


そして。


ユウジの身体を見た瞬間。


止まった。


「……っ」


表情が。


崩れた。


見たことのない顔だった。


絶望。


そのものだった。


ユウジは。


その顔を。


見たくなかった。


だから。


笑った。


「兄貴、心配すんなって!!」


明るく。


いつもみたいに。


「今はこんな体でも……体を治して……」


拳を、差し出す。


右手がないから。


左手で。


「次は……次こそは……」


ニヤリと笑う。


「必ずっ!!兄貴に勝ってみせるから!!」


ユウトは。


しばらく黙っていた。


それから。


左手を伸ばして。


拳を、合わせた。


コツン。


「……ああ」


静かな声。


「待ってるわ」


その目が。


赤かった。



ユウトが病室を出た後。


足音が聞こえた。


ゆっくり。


静かな。


足音。


父親だった。


ユウジを見下ろす。


その目は。


冷たかった。


「我が家に足手まといは要らない」


一息。


「ましてや……不良共と関わるような奴とはな」


それだけ。


背を向ける。


足音が遠ざかる。


ドアが閉まる。


ユウジは。


天井を見た。


分かっていた。


自業自得だと。


分かっていた。


だから。


誰も責めなかった。



気づくと。


屋上にいた。


冷たい風。


高い柵。


「……」


考えていたのは。


一つだけ。


柵を越える。


ゆっくりと。


身を預ける。


足が。


宙に浮く。


落ちていく。


恐怖は。


なかった。


後悔も。


なかった。


ただ落ちながら思ったのは




「……勝ちたかった」



ユウトに。


一度でいいから。


それだけだった。







剣戟は。


激しさを増していた。


二人とも、感じていた。


これが、最後の局面だと。


一旦。


距離が開く。


荒い呼吸。


睨み合い。


ユウジは大剣を両手で握り直す。


全魔力が。


刃へと集まる。


黒い光が。


膨れ上がる。


「……これで終わりにしようぜ」


低く。


だが。


どこか。


晴れ晴れとした声。


「兄貴!!」


地を蹴る。




「――暗黒影斬ッ!!!!」




地が割れる。


空が裂ける。


黒い斬撃が。


一直線に。


ユウトへと迫る。





だが。


気づいた時には。


ユウジの背後に。


ユウトは立っていた。


「……え」


疑問が出るより早く。


腹に。


一筋の。


痛みが走る。


青白い光。


深くはない。


だが、


確実な一撃。


「……かはっ」


膝が折れる。


石畳に。


崩れ落ちる。


大剣が。


手から離れる。


「……俺の」


血が滲む。


「……負け、か」


仰向けに。


空を見る。


青い。


空だ。


「カハッ……」


血を吐く。


「……最初から」


呟く。


「敵わなかったな……兄貴には」





ユウトは、ユウジを見下ろした。


そして。


手を伸ばした。


ユウジは


その手を、弱々しく払った。


「……いらねえんだよ」


「今更」


血が滲む唇で。


「救いの手なんて」


ユウトの目から、何かが溢れた。


止まらない。


「……なんで」


膝をつく。


「なんで俺に相談してくれへんかったんや」


声が震える。


「なんで一人で……」


嗚咽が混じる。


「なんでもっと……俺を頼ってくれへんかったんや」


ユウジは、しばらく黙っていた。


それから


「……聞けるわけ、ねえだろ」


低く。


「ゴホッ」


「こんな時だけ兄貴ヅラしやがって……」


「カハッ!!」


血が混じる。


沈黙。


風が吹く。


それから。


ユウジは、ぽつりと言った。


「……一つだけ、教えてやる」


「なんや」


「お前の彼女」


ユウトの体が、固まる。




「……リナが」


「生きてる」




「……ッ!!」


目が。


見開かれる。


「なんで……なんでリナが……」


「知らねえよ」


「ゴホッ……それだけだ」


「それと」


ユウジの目が。


わずかに細まる。


「イデアが今……王城に向かってる」


「……!!」


ユウトは立ち上がる。


「なんで教えてくれるんや」


問いかける。


ユウジは答えない。


ただ。


「……早く行けよ」


それだけ言った。


ユウトは。


走り出しかけて。


立ち止まる。


振り返る。


仰向けに空を見上げる弟を。


見た。




「……ありがとう」




それだけ。


残して。


王城へと。


駆けていった。





ユウジは。


一人になった。


空が。


青い。


「……」


血の混じった息を吐く。


自分のために戦ってきた。


誰かに認められたくて。


勝ちたくて。


強くなりたくて。


それだけで。


ここまで来た。


だが。


あいつは。


違った。


誰かのために。


泣けるやつだった。


ユウジは。


小さく笑った。


「……最初から」


青空に。


呟く。




「俺は負けてたのか」




風が。


静かに吹き抜けた。





ひとつの兄弟喧嘩が。


幕を閉じた。

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