第7話 開戦
三日が経った。
ブレイピアの空気は、これまでとは明らかに違っていた。
街の通りには兵士や冒険者の姿が多く見える。誰もが武器を携え、鎧の紐を締め直し、あるいは静かに目を閉じて集中している。
笑い声はない。
代わりに漂うのは、張り詰めた緊張感だった。
外壁の上では王国兵が見張りにつき、城門付近では冒険者達が隊列を組んでいる。レッカやラセツの姿もそこにあった。
誰もが分かっている。
――今日、戦争が始まる。
その時だった。
ドォンッ!!
突如、ブレイピア外壁付近から轟音が鳴り響いた。
大地が震える。
土煙が空高く舞い上がる。
兵士達が一斉に身構えた。
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
やがて土煙がゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは――
巨大な剣を肩に担いだ、一人の男だった。
魔王軍副幹部。
【力】の称号を持つ人間
――ユウジ。
彼は面倒くさそうに土煙を払うと、城壁上の兵士達を見上げる。
そして、口角を吊り上げた。
「ようお前らあ!!」
声は戦場に響き渡った。
「待たせなあ!!」
兵士達の間に動揺が走る。
ユウジはさらに続ける。
「……いい返事を期待してるぜ」
その言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。
だが、その緊張を破るように一人の男が前へ出る。
「待て」
大柄な騎士だった。
重厚な鎧を纏い、堂々とした足取りで前に出る。
「王国騎士団副団長である私が答えよう」
ユウジは目を細めた。
「ほう……」
獲物を測るような視線。
「で、どうなんだ?」
剣を軽く回す。
「ブレイピアの王とユウトの身柄は渡す気になったか?」
一瞬の沈黙。
副団長の喉がわずかに鳴る。
だが数秒後、彼は胸を張った。
「……無論だ」
剣を抜く。
「私達は王も彼も貴様らに渡すつもりはない!!」
その言葉を聞いた瞬間――
ユウジの口元が歪んだ。
「じゃあ……」
剣を肩から外す。
「交渉決裂ってワケか」
次の瞬間。
ユウジの顔が狂気に染まる。
「……その言葉ぁ!」
剣を振り上げる。
「待ってたぜぇ!!」
「伏せろ!!」
副団長が叫んだ。
だが――遅い。
ユウジの剣が振り払われた。
剣に込められた魔力が大気を裂き、巨大な衝撃波となって前方へ叩きつけられる。
数秒後。
土煙が立ち込める。
やがてそれが晴れた時――
地面には、数人の兵士の死体が転がっていた。
周囲では冒険者達が満身創痍で倒れている。
副団長も膝をついていた。
「……なんて……力なんだ……」
息を荒げながら呟く。
ユウジはそれを見て、少し呆れたように肩をすくめた。
「なんだ……結局烏合じゃねえか」
剣を肩に戻す。
「別に俺はザコと殺り合いたいわけじゃねえし……」
だが数秒後、何かを思い出したように笑う。
「あぁ〜……」
ニヤリと口を歪めた。
「そういえば【あのガキ】がいたんだった」
片腕の斧少女。
――ティナ。
その姿が脳裏に浮かぶ。
ユウジは背を向けた。
「あばよお前ら!!」
地面を蹴る。
「せいぜい死ぬなよ!」
瞬間。
ユウジの姿は消えた。
「ま、待て!!」
副団長が叫ぶ。
「追え!!逃がすな!!」
兵士達が動き出した――その時だった。
空間が歪む。
巨大な魔法陣が突如、目の前に浮かび上がった。
「なっ……!?」
「魔法陣だと!?」
「何を召喚する気だ……!?」
次の瞬間。
魔法陣が赤黒く光る。
そして現れたのは――
巨大な魔獣だった。
黒い筋肉の塊。
鋭い牙。
禍々しい魔力。
【Aランク魔獣 デーモンオーク】
「う、嘘だろ……」
「デーモンオーク……!?」
「こんな街中に……!?」
兵士の一人が腰を抜かした。
だが恐怖はそれだけでは終わらない。
同時刻、ブレイピア各地。
路地、広場、城壁、倉庫街。
そこかしこに魔法陣が出現していた。
赤黒い光が地面を覆う。
そして次々と現れる魔獣。
ドス黒いオーラを纏った異形の存在達。
「ま、魔獣だ!!」
「数が多すぎる!!」
「くそっ……街の中だぞ!!」
咆哮が街に響く。
その中で――
レッカは剣を抜いた。
「……来やがったか」
赤い長髪が揺れる。
その隣でラセツも斧を構える。
「落ち着け」
低く言った。
「俺達がいる」
周囲の冒険者達も武器を握る。
「やるしかねぇだろ!!」
「ブレイピア守るぞ!!」
そして――戦いが始まった。
その頃。
街の上空を、影が疾走していた。
ユウジだ。
建物の屋根を蹴り、信じられない速度で移動している。
風が裂ける。
彼はニヤリと笑った。
「やってくれたか……イデア!!」
視線を空へ向ける。
そこには掌印を結び、魔術を詠唱する男がいた。
――イデア。
裂けた口をさらに歪め、笑う。
「ユウジさん……」
低い声で呟く。
「よろしくお願いしますよ」
数分後、ユウジは高台に立っていた。
視線の先には――
幾重にも魔法陣で防御された巨大な城。
王国城。
「……あそこにいんだろ?」
口元が吊り上がる。
「【兄貴】」
ユウトを思い浮かべた瞬間だった。
背後。
空気が凍る。
――殺気。
ユウジは咄嗟に剣を振るった。
ガキィンッ!!
激しい衝突音。
だがバランスを崩し、ユウジの身体は高台から落ちていく。
ドォン!!
地面に着地。
しかし無傷だった。
土煙を払いながら前を見る。
そして――
ユウジは腹を抱えて笑った。
「いや〜!!」
「今日の俺はツイてるぜ!!」
剣を肩に担ぐ。
「まさかいきなり本命が来てくれるとはなあ!!」
目線の先。
そこに立っていたのは――
片腕の斧少女。
無言で武器を構える。
「なあ!?」
ユウジは歯を見せて笑う。
「【魔族狩り】のガキ?」
そして叫んだ。
「いや……【ティナ】!!!」
次の瞬間。
ガキィン!!
激しい金属音が響く。
斧と剣がぶつかり合う。
火花が散る。
鍔迫り合いの中、ユウジが笑った。
「さあ……」
瞳が狂気に染まる。
「始めようぜえ!!」
「歴代最高の【殺し合い】を!!」
ブレイピアと誇りのぶつかり合いが――
今、幕を開けた。




