第5話 冒険者の思い
ユウジの宣戦布告から二日。
そして――ギルドマスター、シンが亡くなってから数日が経っていた。
だが、ギルドの空気はまだ完全には戻っていない。
昼間だというのに、酒場の席では声が小さく、笑い声もまばらだった。
机の上に置かれたジョッキの氷が、やけに大きく音を立てている。
王国騎士団から、ブレイピア防衛戦の協力依頼が届いていた。
だが――
協力を申し出た冒険者は、まだ半数にも満たない。
理由は単純だった。
ギルドの冒険者は、登録さえしていればどこの国でも活動できる。
報酬は確かに高い。だが――
わざわざ命を賭けてまで、魔王軍と戦う義理はない。
逃げようと思えば、他国で仕事はいくらでもある。
それが、冒険者という生き方だ。
そんな重い空気の中。
ドンッ!!
大机に、強烈な音が響いた。
視線が一斉に集まる。
そこに立っていたのは――
赤い長髪と左目には眼帯。
Sランク冒険者、レッカ。
そして――シンの一番弟子。
「お前らこの街に何の想いもねぇのかよ!?」
怒号がギルドに響く。
「師匠に散々面倒見てもらったじゃねぇか!!」
だが冒険者達は目を逸らす。
沈黙。
そして、ぽつりと誰かが言った。
「……だってよ」
「報酬はうまいけど、わざわざ魔王軍とはな……」
「俺達はギルマスやお前ほど強いわけじゃねえし……」
「他の国に逃げれば仕事だって――」
「ああ!?」
レッカの怒鳴り声がそれを遮った。
今にも掴みかかりそうな勢い。
その時だった。
ポン、とレッカの肩に、手が置かれる。
「落ち着け、レッカ」
低く、落ち着いた声。
振り向いた先にいたのは――
相棒のラセツだった。
黒髪を短く整えた、鋭い目つきの男。
静かだが、ただ立っているだけで空気が締まる。
「……ラセツ」
「お前がキレても話は進まねぇ」
ラセツは軽く肩を叩き、前へ出た。
そして――
ギルド中をゆっくり見渡す。
「……本当にお前らはそれでいいのか?」
低い声。
「確かに魔族は手強い」
「だがアイツらにビビっちまう程……俺らは弱いのか?」
冒険者達が顔を上げる。
ラセツは続けた。
「特にそこのお前」
指を向けられた男がビクッとする。
「冒険者になる前、ただのチンピラだったよな」
「今、誰のおかげで飯が食えてると思っている」
「……!」
男は言葉を詰まらせる。
ラセツの視線は次へ移る。
「そこの斧使い」
「昔、借金取りに追われてギルドに転がり込んだな」
「シンさんが金を立て替えてやらなきゃ今頃どこで野垂れ死んでた?」
男が俯く。
さらに次。
「お前は?」
「魔物に腕をやられかけた時、シンさんが手当して助けただろ」
「……覚えてねぇのか?」
一人、また一人。
ラセツの言葉は止まらない。
「お前は依頼失敗して追放寸前だったな」
「お前は喧嘩ばっかしてたのを止めてもらった」
「お前は――」
ギルドの空気が、少しずつ変わる。
誰も反論できない。
全員、心当たりがあるからだ。
そしてラセツは最後に視線を向けた。
隅の席。
静かに飲み物を飲んでいた少女。
ティナ。
「この嬢ちゃんはな」
ラセツは顎で示す。
「あの三魔官や、数々の魔族と戦っている」
「そうだろ?」
突然振られ、ティナは目を瞬かせた。
「……」
少し動揺しながらも。
コクリと小さく頷く。
ざわ……と冒険者達がどよめく。
「まじかよ……」
「まだガキだろ……?」
ティナは一瞬ムッとする。
だが――何も言わない。
ラセツはその空気を見逃さない。
「こんな小さな嬢ちゃんでもだ」
静かに言う。
「……それなのにお前らはどうした?」
「こんなに人数がいて、たかが魔王軍風情に怯えているのか?」
そして鼻で笑う。
「はっ……」
「これじゃシンさんはがっかりしてんだろうな」
静寂。
そして数秒後――
「……そうだよな」
誰かが呟く。
「俺達だって……冒険者だ」
「確かに……これじゃギルドマスターの墓参りに行けねえや」
「チッ……逃げてどうすんだよ俺」
空気が変わる。
レッカが前へ出た。
驚きつつも――
覚悟を決めた顔。
「いいかお前ら!!」
拳を握る。
「必ず!!ブレイピアを護るぞ!!!」
「おおおおお!!!!」
ギルドが揺れるほどの声。
さっきまでの沈黙が嘘のようだった。
次第にギルドは、かつての賑やかな空気を取り戻していく。
レッカは隣のラセツを見る。
「ありがとよ……ワタシだけじゃ――」
「当たり前だろ」
ラセツが遮る。
「誰と相棒やってると思ってんだ」
少しだけ笑う。
「……それに、あの嬢ちゃんが――」
ふと視線を向ける。
だが。
そこにティナの姿はなかった。
――外。
ギルドの扉が静かに開く。
ティナは既に勘定を終え、外へ出ていた。
夜風が頬を撫でる。
背後から、まだ冒険者達の声が聞こえる。
ティナは小さく呟いた。
「相変わらず……うるさい」
そう言いながら。
その顔は――
ほんの少しだけ、明るくなっていた。




