第4話 王との邂逅
ユウジの宣戦布告から一夜。
ブレイピアの空気は一変していた。
ギルドだけではない。市場も、通りも、広場も。
人々は声を潜め、視線を合わせることを避けるように俯いている。
ユウトはギルドハウスへ向かう道を歩いていた。
以前なら笑い声が響き、子供たちが駆け回っていた石畳の通り。
だが今は、どこか暗く、沈んだ空気が街を覆っている。
――俺のせい、なんか。
自嘲が脳裏をよぎる。
近道をするため、人気の少ない路地裏へ足を踏み入れた、その瞬間だった。
キィンッ!!
鋭い金属音。
目の前で火花が散る。
「……っ!?」
ユウトの頬を掠めるはずだったナイフが、弾かれて地面に転がった。
いつの間にか、目の前に立っていたのはレッカだった。
抜き放った剣を片手に、無表情で路地の奥を睨んでいる。
逃げ去る気配。
暗殺者は、失敗を悟って消えた。
ユウトは呆然とする。
「……レッカ?」
振り返った彼女は、淡々と剣を収めた。
「戦争回避の条件に、お前の名前が出た」
それだけで十分だと言わんばかりの声音。
「狙われるに決まってんだろ。」
ユウトは戸惑いながら問う。
「なんで……助けたんや?」
一瞬の沈黙。
レッカは視線を逸らさず、低く告げた。
「師匠が命を懸けて託した」
その瞳が、わずかに揺れる。
「…勝手に死んだら困んだよ、一番弟子としてな」
それだけ言うと、背を向ける。
「……少しだけマシな顔になったな。」
短く残し、彼女は路地の奥へと消えていった。
場面は変わり、ギルドハウス。
扉を開けた瞬間、異様な気配に気づく。
見慣れぬ男が立っていた。
ユウトと同じ金髪。しかし女性のように長く流れる髪。
整った顔立ち、純白の豪華な鎧。
立ち姿だけでただ者ではないと分かる。
――王国兵……いや、位が高い。
男はユウトを見つけると、待っていたかのように歩み寄った。
「君が冒険者ユウトか?」
品のある声。
ユウトは思わず背筋を伸ばす。
「……そ、そうや」
男は小さく頷いた。
「私は王国騎士団団長の【ユーリ】だ」
その名が静かに響く。
「単刀直入に伝える……ユウト、君の身柄を確保しに来た」
「……は?」
逃げるべきか。
一瞬そう思う。
だが、目の前の男から放たれる圧倒的な強者の気配に、身体が動かない。
誤魔化すように問い返す。
「理由は……?」
ユーリはわずかに視線を伏せた。
「大きな声では言えないが……君に来てもらわないと困るんだ」
そして意味ありげに続ける。
「君も、理由は理解しているだろうけどね」
――ユウジの言葉。
王と、自分の身柄。
ギルドハウス内の視線が、痛いほど突き刺さる。
受付嬢も、冒険者たちも、不安そうにユウトを見ている。
ユウトは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……分かった。行く」
ユーリはほっとしたように微笑む。
「助かるよ」
先程の緊迫した表情とは違う、柔らかな笑み。
否応なく、美青年だと認めざるを得ない顔だった。
ユーリが軽く目配せすると、王国兵が即座にユウトを囲む。
そのままギルドを出る。
その瞬間。
ユーリがユウトの耳元に囁いた。
「……君を“差し出す”つもりはない。王も、同じだ」
ユウトは大きく目を見開く。
数秒後――静かに頷いた。
数分後。
行く手を塞ぐ少女がいた。
ティナだ。
斧に手をかけ、ユーリを睨みつける。
空気が張り詰める。
ユーリは落ち着いた声で言う。
「ティナ、だね。君のことは聞いている」
「諸事情でユウトは王国軍で預かることになった」
だがティナの手は、斧から離れない。
ユーリは肩をすくめる。
「……納得していない様だね」
一触即発。
その前に、ユウトが一歩前に出た。
優しい目で、ティナを見る。
「ティナ……必ず戻ってくる」
その一言。
ティナは大きく目を開く。
「……ホントに?」
無言で、強く頷く。
しばし見つめ合い――
ティナはゆっくりと斧から手を下ろした。
だが視線は鋭いまま、ユーリへ向く。
「ユウトに何かあったら……」
低い声。
半ば脅し。
ユーリは苦笑する。
「善処するよ」
そして一行はその場を後にした。
やがて、王城が見えてくる。
遠目でしか見たことのなかったその姿。
近づくにつれ、圧倒される。
巨大な要塞のような堅牢さ。
同時に、王国の栄華を誇示する豪奢な装飾。
重厚な門。高くそびえる塔。
ユウトは思わず足を止める。
ユーリが横目で見て、微笑む。
「王様に会う準備はいいかい?」
ユウトは、ゆっくりと前を向いた。
迷いは、もうない。
「…ああ」
その声は、城門の前で静かに響いた。
─────────────────
――ブレイピア王城・謁見の間。
天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、壁には歴代王の肖像画が並ぶ。
赤い絨毯には金の刺繍が施され、その先――玉座に、一人の男が君臨していた。
ブレイピア国王。
堂々たる体躯に、威厳を湛えた瞳。
その前で、ユウトとユーリは膝をつき、頭を垂れている。
「ユーリ、御苦労だった」
王は髭を撫でながら言う。
「頭を上げよ……冒険者ユウト」
「はっ……」
一拍遅れて顔を上げるユウト。
慣れない場に、わずかに肩が強張る。
それを察したのか、王は柔らかな声で続けた。
「いきなりこの場所に連れてきたこと、申し訳なく思う」
その言葉に、場の空気がわずかに和らぐ。
「して……なぜ一介の冒険者に過ぎない君が【魔王軍】に狙われている?」
静かな問い。
ユウトは一瞬躊躇うが、覚悟を決める。
「……俺は【時空間魔法】を使えます」
その瞬間。
「なに……?」
周囲の王族、重臣、そしてユーリまでもが目を見開いた。
王が身を乗り出す。
「時空間魔法……とは、どのようなものだ?」
ユウトはゆっくりと言葉を選ぶ。
「文字通り……周囲の時間や空間を自在に操る魔法です」
ざわめきが走る。
「時間を操るだと……!?」
「そんなもの、伝承でしか聞いたことが……!」
「国一つを滅ぼしかねぬ力ではないか!」
危惧の声が上がる。
王は片手を上げ、場を静めた。
そして眉間に皺を寄せ、ユウトを見つめる。
「その様な強大な魔法……タダで使える訳では無いのだろう?」
鋭い視線。
ユウトはわずかに動揺しながらも、口を開く。
「……使う度に、俺の寿命が削れます」
静寂。
ユーリが大きく目を見開く。
「寿命……?」
王は顔に手を当て、深く息を吐いた。
重い空気が流れる。
数秒後。
ユーリが静かに頭を下げる。
その表情は、何かを決意した者のそれだった。
王はその様子を見逃さない。
「してユーリよ……なにか手はあるのか?」
ユーリは一瞬躊躇い、しかし告げた。
「はい……我々の軍の一部【魔法研究班】と共同し……【あの禁術】を使います」
場の空気が凍る。
「……もっとも、ユウト君が同意してくれれば、ですが」
王は勢いよく立ち上がった。
「なに!?【あの禁術】だと!? いくら【時空間魔法】を使える冒険者とはいえ……危険すぎるぞ!!」
玉座の間に怒声が響く。
だがユーリは動じない。
「王様」
静かな声。
「王様やこの国、民達を守るには【その方法】しかありません」
真っ直ぐな眼差し。
王はしばし睨むように見つめ――やがて、大きく息を吐き、玉座に座り直した。
「……分かった」
そしてユウトを見る。
「冒険者ユウトよ……やってくれるのか?」
――回想。
城へ向かう道中。
「なあ騎士団長さん」
「……ユーリでいいよ、なんだい?」
「もし戦ったとして……俺らは【魔王軍】に勝てるんか?」
ユーリは少しだけ目を伏せる。
「分からない……だけど【禁術】を使えば勝てるよ」
「禁術……?」
聞き慣れぬ言葉に、ユウトは眉をひそめる。
「ホントは教えたらダメなんだけどね…」
と言い、ユーリは周囲を確認し、耳元で囁いた。
その内容に、ユウトはギョッと目を見開く。
「そんなん……ええんか?」
「まあ……君がいいのなら、だけども」
俯くユーリ。
ユウトは数秒考え――顔を上げた。
「それしか勝つ道がないんやろ?」
「……まあね」
「なら、やったるわ」
即答。
ユーリは驚き、そして静かに言った。
「ユウト……ありがとう」
――現在。
ユウトはその時の覚悟を思い出す。
そして同時に――
ギルドマスター・シンの最期の言葉。
ライト達が託した未来。
胸の奥が熱くなる。
ユウトは王を見据え、はっきりと言った。
「はい……俺は、どんな手段を使ってでも【魔王軍】と戦います」
王は深く頷く。
「その覚悟……王として、感謝する」
その空気を見計らったかのように、ユーリが声を上げる。
「アスミ、出てきてくれるか?」
扉が開く。
ひょこっと現れたのは、オレンジ色の長髪を揺らす少女だった。
ティナと同じくらいの身長。
だが豊かな体つきで、元気いっぱいにソレを揺らしつつ、ステップを踏みながら近づいてくる。
「はいはい〜!失礼しまーす!!」
眼鏡を光らせ、びしっと敬礼。
「【ブレイピア王国軍・魔法研究班】班長のーアスミでーす!!よろしくお願いしまーす!!」
あまりの温度差に、ユウトは呆然。
「え、あ、え? ちょ、ここ謁見の間やで!?」
だがアスミは構わない。
メガネをクイッと上げる。
「あら〜あなたがウワサの冒険者ユウトさんですね!!ユーリ様から話は聞いてますよぉ〜!」
「詳しい話は研究室で!!さささ、私と共に行きましょー!!!」
「ちょ、待っ……引っ張んなや!?腕!!」
嵐のように連れ去られるユウト。
その背を見送り、ユーリは頭を抱える。
「はあ……申し訳ございません。
彼女は筋金入りの魔法好き、いわゆる【魔法オタク】なので……」
王は豪快に笑った。
「ガハハ!!国がこんなでも、相変わらずだな!!」
笑いが収まり、空気が変わる。
「してユーリよ、首尾はどうだ?」
ユーリは改めて膝をつく。
「はい。現在軍は民や商人を周辺の国や村へ避難誘導しています。指定の日には間に合うかと。ただ……冒険者達の協力は半数程、と言った所でしょうか……」
王は感心したように頷く。
だがユーリは顔を上げ、静かに問う。
「王様は……避難されなくて良かったのですか?」
一瞬の静寂。
王は豪快に笑い飛ばす。
「ガハハ!!よい!大体【魔王軍】の狙いはワシも入っているのだろう?どこに逃げようが地の果てまで追いかけて来るわ!」
「それに……兵が戦っておるのに、王だけ逃げたと歴史書に書かれたら恥ずかしくてたまらん!」
冗談めかした口調。
だがその奥にある、王としての矜恃。
ユーリは察したように深く頭を垂れ、剣を掲げ宣言する。
「我々……王国騎士団は!王のために、国のため!民のために剣を!魔法を振るいます!!」
王はニヤリと笑う。
そして、聞こえないほどの声で呟いた。
「……大きくなったな、ユーリよ」
煌びやかな謁見の間。
だがその奥で、戦争の足音は確実に近づいていた。




