第3話 宣戦布告
朝。
重苦しい空気を抱えたままのギルドハウスに、ユウトは足を踏み入れた。
昨夜とは違う。
瞳の奥に沈んでいた迷いは消えてはいないが、その上に薄く、確かな決意が重なっていた。
すでに待っていたティナが、そっと視線を向ける。
そして、わずかに微笑んだ。
「……吹っ切れたみたいだね」
ユウトは小さく息を吐き、頷く。
「ああ。落ち込んでる暇はない。今日も依頼、受けるで」
そう言って受付へ向かおうとした、その瞬間だった。
――ズゥゥゥン……ッ!!
地面が揺れる。
棚に並んだ酒瓶が震え、天井の埃が落ちる。
とてつもない地響き。
ギルド内にいた冒険者たちが一斉に顔を上げた。
「なんだ今のは……!?」
「魔物の群れか!?」
ざわめきが広がる。
だが、ティナとユウトは迷わなかった。
視線を交わし、無言のまま駆け出す。
ギルドの扉を勢いよく押し開け、音のした方向へ走る。
数分後。
目に飛び込んできた光景に、ユウトは言葉を失った。
地面は抉れ、石畳は砕け散り、建物の壁は崩れ落ちている。
王国兵の死体が転がり、重傷を負った者たちが呻き声を上げていた。
焦げた匂いと血の臭いが、朝の空気に混ざる。
遅れて他の冒険者や市民も集まり始め、群衆が形成されていく。
その中心――高台。
明らかに王国兵でも冒険者でもない、どす黒い装備に身を包んだ男が、剣を肩に担ぎ、堂々と立っていた。
群衆を見下ろし、口角を吊り上げる。
「よう愚民ども!!」
低く、よく通る声。
「俺様は【魔王軍幹部 三魔官の力の配下】である男!!!ユウジ様だ!!!」
――魔王軍。
その単語が響いた瞬間、空気が凍り付いた。
どよめき。恐怖。混乱。
シンを失ったばかりの王国にとって、その名はあまりにも重い。
ユウジはその反応を楽しむように笑う。
「今日来たのは他でもない! お前らクズ共にでも分かるように説明してやろう……」
剣を地面に突き立てる。
「我々魔王軍はこの王国……征服のためにブレイピアに【戦争】を起こしに来た!!!」
ざわめきがさらに広がる。
泣き出す子供。怯える市民。
だがティナは動じない。
静かに、自身の斧へと手をかけていた。
――距離、間合い、隙。
攻撃の機を測っている。
その横で、ユウトは動かなかった。
いや、動けなかった。
怒り。
普段は決して表に出さない感情が、顔に浮かんでいた。
ユウジは続ける。
「もちろん……ただ争いたいだけじゃない。我らが魔王サマは寛大なお方だ」
そして、にやりと笑う。
「貴様【王】の命と――【冒険者ユウト】の身柄を寄越してくれるのなら……戦争は見逃してやる、とのことだ!」
空気が、止まった。
「……え?」
群衆の視線が一斉にユウトへ向く。
ざわつきが恐怖へと変わる。
ユウト自身、時間が止まったかのように動けなかった。
なぜ、自分の名が。
頭が追いつかない。
ユウジは楽しそうに続ける。
「3日後! またここに来る。能無しのお前らでも、いい返事を期待しているぞ」
そう言い、背を向ける。
足元に転移用の魔術陣が展開され始めた、その瞬間――
ガキィィンッ!!!
激しい金属音。
いつの間にかティナが飛び込み、ユウジと鍔迫り合いになっていた。
地面にひびが走る。
ユウジが目を見開く。
「ほう……」
だがすぐに、ニヤリと笑う。
「へえ……面白いガキだ」
押し込まれる剣。
ティナの膂力と技量を一瞬で見抜く。
「名前は?」
問うが、返答はない。
ただ鋭い視線で睨みつけ、斧に力を込める。
鍔迫り合いの最中、ユウジの視線がティナの身体を滑る。
――右腕が、ない。
一瞬の沈黙。
そして、愉快そうな笑み。
バチン、と強烈な一撃で斧を弾き、距離を取る。
「ああ〜……イデアから聞いた【魔族狩り】のガキか!」
笑い声。
「通りで強えワケだ!!」
剣を肩に担ぎ直す。
「お前とはいつか戦いたかった!!……だが今じゃねえ」
魔術陣が輝きを増す。
「お前らの返事次第だが、また戦うことになるだろうな!!」
そして一拍置き――
「じゃあなクズ共!! いい返事を待ってんぜ!」
闇が膨れ上がり、男の姿を呑み込む。
消えた。
ティナが即座に斧を振るうが、空を切る。
遅かった。
静寂。
ざわめきが、恐怖へと変わり、混乱へと変わっていく。
市民の視線が、再びユウトへと向く。
ティナはふと、隣を見る。
ユウトは――
困惑と、怒り。
そして何かを決意しかけているような、複雑な表情を浮かべていた。
自分の身柄が、戦争回避の条件。
それが意味するもの。
そうしてブレイピアは再び、混乱の渦へと飲み込まれていく。




