第2話 弾ける思い
ティナと合流したユウトは、重たい足取りでギルドハウスへと入った。
いつもなら笑い声と怒号が飛び交い、酒の匂いと鉄の匂いが混じり合う活気に満ちた場所。だが今は違う。広間には人影こそあるものの、誰もが声を潜め、俯き、沈黙が支配していた。
シンという支柱を失った空間は、まるで魂を抜かれたようだった。
扉を閉めた瞬間、受付嬢が慌てて駆け寄ってくる。
「ユウトさん、ティナさん! アルナさんが……目を覚ましました!」
その言葉に、ユウトの胸が強く締め付けられる。
――目を、覚ました。
時が経ち、二人は療養室の前に立っていた。
ユウトは、正直言えば会うつもりはなかった。
イデアとの戦いで、シンだけではない。
幼なじみで、長い時間を共に過ごしてきたライトも失った。
あの場にいた自分が、生き残った。
それが、どうしても許せなかった。
重い手で扉を押す。
軋む音とともに開いた室内。そこには、ベッドから身体を起こし、明後日の方向を虚ろな目で見つめるアルナの姿があった。
普段は活発で、堂々としていて、誰よりも強気な少女。
その面影は、今はない。
ユウトとティナは息を呑む。
その瞬間だった。
アルナの視線が、急にユウトへと合う。
そして――奇妙なほどに、嬉しそうな目をした。
「ライト、生きてたのね!……良かったあ〜!」
ベッドから勢いよく立ち上がり、こちらへ駆け寄る。
「受付嬢から聞いた話と全然違うじゃない! 心配させないでよ〜!」
ユウトとティナは、言葉を失った。
彼女の精神状態が異常であることは、一目で分かった。
「いや……俺はライトじゃない……」
苦しげに否定する。
だがアルナは首を傾げる。
「? 何言ってんのよ、ライト。面白くない冗談ね!」
その認識は、固定されていた。
――いや、違う。
ライトでなければ、彼女の心が壊れてしまうのだ。
ティナが不安げにユウトを見る。
それでも、ユウトは逃げなかった。
「……ライトは死んだ。俺の名前はユウトや。ライトじゃない」
真実を、口にする。
次の瞬間。
「嘘よ……嘘よ嘘よ嘘よ!!!!」
アルナの声が、室内に響き渡る。
「ライトは……ライトは……ライトライトライトライトライトライトライトライト――!」
壊れたように叫び続ける。
ティナが、そっとユウトの袖を引いた。
「……行こう」
ユウトは動けなかった。だがやがて、アルナの悲鳴から目を背け、療養室を後にした。
背後で、泣き叫ぶ声が続いていた。
夜。
ブレイピアの状況とは裏腹に、空には澄み渡る月と星が輝いていた。
静かな部屋。
その静寂を、怒声が破る。
「クソッ!!!!」
壁に頭を打ちつける。
「クソッ!! クソッ!!!!」
鈍い音が何度も響く。
シン、ライト、守れなかった仲間たち。
耐えきれなかった。
扉が乱暴に開く。
ティナが飛び込み、ユウトを押さえ込んだ。体術で腕を封じ、床に組み伏せる。
抵抗するが、虚しい。
「止めさせんなや! ティナ!!」
「嫌だ」
短く、強く。
「離せ!!」
「嫌だ」
繰り返すうちに、ユウトの動きは次第に弱まっていった。
やがて二人はベッドに座る。
沈黙。
ティナが静かに問う。
「……なんで、あんなことしたの」
ユウトは俯いたまま答える。
「……俺は生きとる価値ない。お前と違って強くないし……なんにも守れへん」
「そんなことない」
即答だった。
「ユウトは、守れてる人がいる」
「じゃあ誰が!!」
叫ぶ。
「ギルドマスターも……ライトも!!!! あの戦いで俺は……!」
「私」
その一言で、空気が止まった。
「……は?」
理解が追いつかない。
戦闘技量も経験も、ティナの方が遥かに上だ。
彼女が守られる側?
ティナは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私も……師匠も、友達も、家族も……大切なもの全部失った」
「……力だけが、残った」
「だから、力任せに魔物や魔族を……狩って、狩って、殺して、殺し続けた」
淡々とした声。
「……限界が来た。その時、いつの間にか右腕が無くなってた」
静かな告白。
「【ただ戦う】力を無くしかけてた私を助けてくれたのは……ユウト」
ユウトの喉が震える。
「俺は……俺は何も……」
首を横に振るティナ。
「ううん。ユウトは、あの時何も無い私に、唯一声をかけてくれた」
「……それだけで嬉しかったのに」
「ユウトは冒険に誘ってくれた。……一人だった私は、とても嬉しかった」
「そんなん……大したこと――」
「違う」
強く、だが優しく。
「ユウトだから嬉しかった」
視線が、真っ直ぐに刺さる。
「【強さ】だけじゃない……私の【気持ち】……ユウトに、いつも守られてる」
「ありがとう」
その言葉で、何かが決壊した。
頬を伝う涙。
一度溢れたそれは、止まらない。
「なんでや……なんで俺なんや……!」
嗚咽が混じる。
「俺、何も出来てへん……! シンさんも、ライトも……守れへんかった……!」
「俺が強かったら……! 俺がもっと……!」
声にならない声。
肩が震える。
ティナは、ゆっくりとユウトを抱きしめた。
温かい。
「……泣いていい」
小さな声。
ユウトは子供のように泣いた。
「悔しい……悔しいねん……!」
「俺、強なりたい……! もう、誰も失いたない……!」
その夜。
ブレイピアの一室には、嗚咽と、確かな温もりが残っていた。
そして、ユウトの中で――
何かが、静かに灯り始めていた。




