第1話「ギルドマスター【シン】没後」
日中だというのに、空は重く沈んでいた。
雨は静かに、だが絶え間なく降り続いている。
ブレイピアの中心にある教会には、かつてないほどの人が集まっていた。黒衣に身を包んだ冒険者たち。王国兵士。街の民。貴族。位の高い王族までもが、等しく頭を垂れている。
祭壇の前には、一つの棺。
中に眠るのは、ギルドマスター――シン。
この街の守護者。
人々にとっての盾。
そして、希望だった男。
嗚咽があちこちから漏れる。声を押し殺して泣く者もいれば、膝をついて号泣する者もいる。ただ立ち尽くす者、虚ろな目で棺を見つめ続ける者。
その光景は、英雄の死がどれほどの重みを持つのかを雄弁に物語っていた。
ユウトもまた、その中に立っていた。
視線は棺に向いているが、焦点は合っていない。胸の奥にぽっかりと空いた穴が、現実を拒絶していた。
ついこの間まで、ギルドだけでなくブレイピアそのものを支えていた存在。
叱ってくれて、笑ってくれて、背中で示してくれた人。
それが、もういない。
隣ではティナが、微動だにせず祭壇を見つめている。瞳は真っ直ぐで、強い意志の色を湛えていたが、その奥には確かな悲しみが滲んでいた。
ユウトが視線を巡らせる。
少し離れた場所に、レッカとラセツの姿があった。
レッカは顔が崩れるほど泣いていた。肩を震わせ、子供のように声を上げている。その姿を見て、胸が締め付けられる。
ラセツは、ただ俯いていた。大きな体が小さく見えるほどに、静かに。
――俺は。
拳に力が入りすぎていた。
無意識のうちに爪が掌に食い込む。
その拳を、そっと包み込む手があった。
ティナだった。
優しく、温かい。
ユウトははっと息を飲み、彼女を見つめ返す。
心配そうに見つめるその瞳に、無理やり笑みを作る。
……そうだ。俺が正気を失ってどうするねん。
歯を食いしばり、心を引き戻す。
やがて、葬儀は終わった。
祈りの言葉が終わり、人々は静かに教会を後にする。誰もが重たい足取りで、それぞれの日常へと戻っていった。
雨は、まだ止まない。
教会近くの石階段。
ユウトはそこに座り込み、濡れた石を気にもせず俯いていた。胸の奥に渦巻く無力感が、身体を押し潰そうとする。
ティナは少し彼の様子を見つめた後、静かに言った。
「水、買ってくる」
そして、雨の中へ消えていった。
しばらくして、隣に大きな影が落ちる。
ラセツだった。
無言のまま腰を下ろし、しばらく雨音だけが二人の間を流れる。
やがて、低い声が落ちた。
「……先日のレッカのことなんだが。悪かった」
気まずそうに、だが誠実に。
ユウトは顔を上げずに答える。
「……ええよ」
暗く、短い。
レッカとシンの関係は、察していた。
ラセツはゆっくりと言葉を選ぶ。
「察しているだろうが……レッカは、シンさんの一番弟子だ。魔王軍との戦で両親を失った孤児でな……。シンさんが見つけてから、ずっと世話をしていた」
雨音の中、低く落ち着いた声が続く。
「小さい頃から稽古をつけてもらっていた。乱暴で、学もないが……根は良い奴なんだ。許してやってくれ」
ユウトは無言のまま聞いていた。
――あいつは悪うない。
――俺が。
――俺が、弱いから。
喉の奥が焼ける。
抑え込んでいた言葉が、こぼれ落ちた。
「俺が……弱いせいや」
それが、彼の第一声だった。
ラセツはわずかに目を見開く。
その横顔、声の震え。そこに滲む自責の念。
すぐに察した。
「……無理するなよ。何かあったら言ってくれ」
それだけ残し、立ち上がる。
重たい足音が遠ざかっていった。
ユウトはその場に座ったまま、腕で顔を覆う。
「無理するなよ……か。そんなん、自分が一番分かっとるわ」
吐き出すように呟く。
雨は、冷たく降り続く。
街も、空も、心も。
……ブレイピアには、雨が止まなかった。




