第10話 魔王城にて
魔界の中心――魔王城。
黒曜石のような巨大な柱が並ぶ【謁見の間】は、静まり返っていた。
床に広がる魔法陣は常に薄く脈動し、天井から垂れ下がる禍々しい結晶が紫の光を放っている。
その中央。
玉座の前で、ひとりの男が伏していた。
全身は焼け焦げ、再生しきれていない肉が剥き出しになっている。
――魔王軍幹部、三魔官【知】担当。
イデア。
その先、玉座に座す存在。
影すら歪む、異質な魔力。
空気が重い。
呼吸するだけで魂が削られそうな圧。
【魔王】は静かにイデアを見下ろしていた。
「……顔を上げよ」
低く、だが耳鳴りのように響く声。
イデアの喉が僅かに鳴る。
「は……」
ゆっくりと顔を上げる。
「ユウトは」
魔王の瞳が、闇の奥で微かに光る。
「連れて来たのか」
沈黙。
イデアの額に汗が滲む。
「……申し訳、ございません」
震える声。
「連行は……叶いませんデシタ」
その代わり、と言わんばかりに。
血に濡れた布を解く。
転がり落ちる、首。
――竜剣のシン。
「ブレイピアのギルドマスターは、確実に始末いたしました」
数秒の沈黙。
魔王は、首を一瞥すらしない。
次の瞬間。
空間が歪む。
見えない斬撃。
ズバンッ!!
イデアの肩から胸にかけて、深い裂傷が走る。
血が噴き出し、身体が床へ叩きつけられる。
「ぐ……っ!」
再生が追いつかない。
魔王の魔力。
質が違う。
「なぜ」
冷たい声。
「命令通り“ユウト”を連れて来なかった」
一歩。
玉座から降りる。
「過去の戦士の首など、塵芥と同じ」
圧が増す。
「我が求めているのは――ユウトだ」
イデアは必死に頭を擦りつける。
「も、申し訳ございません……!」
魔力で焼かれながらも、謝罪する。
「次は……必ず」
魔王は止まる。
「必ず、連れて参ります」
静寂。
そして、低く。
「次はない」
氷のような声。
「失敗の埋め合わせは……分かっているな?」
遠回しな宣告。
成果を上げろ。
さもなくば、不要。
イデアは即座に理解する。
「……ブレイピアごと、滅ぼします」
震える声で誓う。
「ユウトも必ず、魔王様の御前へ」
魔王は何も言わず、再び玉座へ戻った。
それが、許し。
◆
――数刻後。
魔王城、三魔官会議室。
円卓の中央に立つイデア。
そこへ現れた二人の人間。
ひとりは軽薄そうな青年。
黒髪を後ろで束ね、気怠げな笑みを浮かべている。
名は【ユウジ】。
もうひとりは、長い黒髪の女性。
冷たい瞳。
腕を組み、壁にもたれている。
【三魔官・力】担当――リナ。
ユウジが口を開く。
「おいおい、イデア」
ニヤリと笑う。
「魔王サマにやられてんじゃねえか」
肩の傷を指さす。
イデアは呆れたように溜息を吐く。
「ユウジさん……アナタが魔王様のお気に入りでなければ、とっくに殺してマスよ……その態度」
ユウジは肩を竦める。
イデアは視線を横へ。
「……アナタの部下なんですけどねえ、【リナ】さん」
黒髪の女は、無言でそっぽを向く。
「三魔官“力”担当なら、もう少し働いてくれませんカ?」
完全な無視。
数秒の沈黙。
ユウジが笑う。
「で? なんで俺ら“力”を呼んだ?」
イデアは一拍置いて告げる。
「ブレイピアを陥落させます」
空気が僅かに張る。
「そして――冒険者ユウトを、魔王様に献上する」
その名が出た瞬間。
リナの瞳が大きく見開かれる。
ユウジの笑みが止まる。
「……なっ」
イデアは口元を歪める。
「あぁ……そういえば」
愉快そうに。
「リナさんの彼氏と、ユウジさんのお兄様でしたネ」
沈黙。
重い。
最初に笑ったのは、ユウジだった。
「……おもしれえ」
目が細まる。
「その話、俺は乗ってやるよ」
肩を回す。
「俺と、俺の軍隊を貸してやる」
イデアは薄く微笑む。
「助かりマス」
そして視線をリナへ向ける。
「さて……アナタはどうします?」
わざとらしく補足する。
「魔王様に匹敵する魔力量と戦闘力を、個人で持つアナタなら――戦況は決定的に変わる」
リナは黙ったまま。
目を伏せる。
数秒。
静寂。
やがて。
ゆっくりと、横に首を振った。
拒否。
イデアは小さくため息をつく。
「……まァ、いいでしょう」
だがその目は、恐ろしく輝いていた。
条件は揃った。
戦力は足りる。
イデアは立ち上がる。
両手を広げる。
魔力が部屋を満たす。
狂気じみた笑み。
「それでハ――!!」
声が高らかに響く。
「【ブレイピア陥落戦】を始めましょう!!!!」
闇が震える。
魔界が、蠢く。
――第三章、終。




