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隻腕の斧少女と、転生者の旅  作者: Ao114535
第3章 浜辺での因縁
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第8話 竜剣の過去

――爆ぜる寸前。


イデアの全身に集束していく、底の見えない魔力。


黒い奔流が膨れ上がり、空気が軋み、砂が浮き上がる。


その中心で、剣を突き立てたまま、シンは息を吐いた。




(……ああ、そうか)




視界が白く滲む。


意識が、遠のく。


――ならば、少しだけ。



二十年前。


ブレイピア最強の男。


通称――“竜剣のシン”。


王都の広場。


歓声。


「竜剣様だ!」


「また魔獣を一人で討伐したらしい!」


「王国の守護者だ!」


子供が憧れの目を向け、商人が頭を下げ、貴族が宴へと招待する。


花を投げられ、称号を与えられ、名声は欲しいまま。




だが。


(……うるせぇ)


シンは無表情のまま、それらを受け流していた。


最強。


無敗。


敵なし。


だから、つまらない。


剣を振れば勝つ。


斬れば終わる。


命を賭ける理由が、どこにもなかった。


空虚。




王都近郊、岩肌の広がる荒野。


その日もシンは退屈していた。


討伐依頼帰り、魔獣は十分も持たず沈んだ。


(弱い)


剣を振れば終わる。


避ける必要もない。


命を賭ける必要もない。


岩場に腰を下ろし、空を見上げたその時だった。


地面が、揺れた。


ドン。


重い足音。


振り向く。


巨大な斧を担いだ男が、立っていた。


赤銅色の肌。無精髭。獣のような眼光。


だが、口元は笑っている。




「お前が竜剣か?」


名乗りもせず、男は斧を構えた。


次の瞬間。


風圧。


反射的に剣を抜く。


――衝突。


金属音が、鼓膜を破る勢いで響いた。




(重い……!?)




今まで受けたどんな攻撃よりも、純粋な“質量”。


技ではない。


魔力でもない。


ただ、圧倒的な筋力と体幹。


押し返そうとする。


だが、踏み込んでいるのは相手だ。


地面が砕ける。


シンは後方へ滑らされた。


(馬鹿な)


力で押されたのは、初めてだった。


すぐに間合いを取る。


呼吸を整える。


(ならば、速さで上回る)


踏み込み。


一閃。


喉を狙う。




だが――


斧の柄が、わずかに傾いた。


それだけで、剣の軌道が逸らされる。


「いいな!」


豪快な笑い。


次の瞬間、横薙ぎ。


シンは身を低くして躱す。


髪が数本、宙を舞う。


反撃。


連撃。


三、五、七。


斬撃の嵐。


だが、男は笑いながら受け止める。


受け止めるというより――


“耐える”。


刃が肉を裂く。


血が滲む。


だが止まらない。


(なんだ、この男は)


痛みを恐れない。


防御を最小限にし、前へ出続ける。


圧力。


呼吸が乱れる。


剣速を上げる。


死角へ回る。


背後を取る。


完璧な位置。


「終わりだ」


振り下ろす。


その瞬間。


背中越しに、斧が振り上がった。


ありえない角度。


強引な体捻り。


刃と刃がぶつかる。


衝撃。


腕が痺れる。


骨が軋む。


(力任せ……なのに、崩れない!?)


男は足を止めない。


踏み込む。


さらに踏み込む。


間合いが潰される。


剣の長所が死ぬ距離。


「ははっ!」


斧の石突きが腹にめり込む。


空気が抜ける。


一瞬の硬直。


そこへ、振り下ろし。


受ける。


両手で。


だが。


バキッ。


嫌な音。


手首に衝撃が走る。


地面が砕ける。


視界が跳ねる。


気づけば、背中が地面に叩きつけられていた。


空。


青空。


息が吸えない。


斧の刃先が、喉元に止まっている。


「終わりか?」


男が覗き込む。


笑っている。


嘲笑ではない。


純粋に、楽しかった顔。


シンの胸に、熱が走る。


敗北。


理解する。


完全に、押し切られた。


技は自分が上だった。


速さも。


だが――


“前へ出続ける覚悟”で負けた。


差し出される手。


「立てよ」


その瞬間。


シンの胸の奥で、何かが崩れた。


最強であることが、アイデンティティだった。


それを奪われた。


焦り。


恐怖。


認めたくない。


叩き払う。




「……触るな」




荒く立ち上がる。


手首が震えている。


男は目を丸くし、そして腹を抱えて笑った。


「はははは!!」


「いいな、お前!」


それが。


タイゾウとの始まりだった。



それから。


二人は共に旅をした。


魔族を斬り、魔獣を砕き、幾度も死線を越える。


斧と剣。


背中を預ける戦い。


いつしか民衆は、二人を“伝説”と呼ぶようになっていた。


ある夜。


焚き火の前。


タイゾウがぽつりと口にする。




「なあシン。弟子…作る気はねぇか?」




炎が揺れる。


シンは即座に答えた。


「ない」


ぶっきらぼうに。


タイゾウは予想していたかのように笑う。


「だろうな」


少し間が空く。


火の弾ける音だけが響く。


「俺は、作るつもりだ」


静かな声。


それが意味するもの。


――この旅の終わり。




シンは察する。


胸の奥が、ざわつく。


「自分達だけが強くあればいい」


焦りを押し隠すように言い放つ。


「弱者に割く時間などない」


タイゾウは、少しだけ目を細めた。


「俺達だけが強くてもな」


ゆっくりと語る。


「いずれ限界が来る。時間も、命もな」


炎が揺れる。


「でも強さは、受け継げる」


斧を地面に立てる。


「次の世代に渡せる」




シンは俯く。


言い返せない。


理解は、している。


だが認めたくない。


その沈黙を察したのか、タイゾウは笑って話題を変える。


「…まあ、そのうち俺の弟子がお前を超えるかもな!」


軽口。


その時のシンは、鼻で笑った。


「あるわけがない」


本気で、そう思っていた。





時は流れ。


現代。


ギルドのクエストボード前。


ひとりの少女が立っていた。


小柄。


だが背負う斧の重み。


佇まい。


立ち方。


(……似ている)


直感だった。


そして隣には、見慣れぬ青年。


ユウト。


確信を得るため、シンはあえて“オーク討伐”を提示した。


後日。


遠巻きに観察する。


斧の振るい方。


間合い。


踏み込み。


立ち回り。


(間違いない)


タイゾウの弟子だ。


あの男が、遺したもの。


少女――ティナ。


(そうか)


胸の奥に、静かな熱が灯る。


(お前は、ちゃんと繋いだんだな)


ならば。


守る。


必ず。


タイゾウが遺した【想い】を。


この少女と、その未来を。


それが、自分の役目だと。





現在。


黒い魔力が暴走する。


ライトの叫び。


自分の折れた骨。


それでも剣を握る。


イデアの体内へ、最後の魔力を流し込む。


(……これで)


かすれた視界の向こう。


あの焚き火の夜がよぎる。




「……これで……良かったんだろ?」




小さく呟く。


「タイゾウ」


次の瞬間。


世界が、白に染まった。


――膨大な魔力が、辺り一面を飲み込む。


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