表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隻腕の斧少女と、転生者の旅  作者: Ao114535
第3章 浜辺での因縁
20/39

第7話 決着

砂浜はすでに原形を留めていなかった。


魔力の衝突で抉れ、焼け、凍りつき、砕け散っている。潮風は吹き荒れ、空気そのものが震えていた。


向かい合うのは二人。


魔王軍三魔官「知」イデア。

元王都最強――竜剣のシン。


先に動いたのはシンだった。


砂を踏み砕き、一瞬で間合いを詰める。踏み込みの速度が常軌を逸している。視界から消えたと錯覚するほどの加速。


「昨今、ブレイビア周辺に魔獣を放っていたのは――」


斬撃。


横薙ぎ。


空気が裂け、衝撃波が砂浜を抉る。


「お前か?」


イデアは体を傾け、紙一重で躱す。頬を掠めた刃が血を一筋走らせた。


裂けた口がゆるりと歪む。


「ええ。ワタクシです」




次の瞬間、黒い魔法陣が展開される。足元、上空、背後。三重構造の拘束陣。


だが。


「甘い」


シンは地を蹴り、回転しながら剣を振り上げる。



――《龍閃・裂空》。


斜め上へと走る斬撃が、魔法陣ごと空間を切り裂いた。


爆ぜる魔力。


イデアが後方へ跳ぶ。


「なるほど……噂以上ですね」


「答えになってないぞ」


シンは追撃する。


連撃。


一太刀ごとに風圧が生まれ、砂が竜巻のように巻き上がる。



――《龍爪連牙》。



五連撃。


刃が空を刻み、イデアの両腕、肩、脇腹を裂く。鮮血が飛び散る。


明確な有効打。


序盤は、明らかにシンが押していた。


間合い管理、踏み込み、体重移動、呼吸の置き方。全てが洗練されている。長年の戦場で磨き抜かれた剣技は、理屈を超えている。


イデアは防戦一方だった。


魔力の壁を張る。


結界を展開する。


空間を歪める。


だが、その全てを、シンは“勘”と経験で突破する。


「読める」


短く吐き捨てる。


イデアの指がわずかに動く前に、刃がそこを通過する。




――《龍影踏破》。


低空を滑るように駆け、懐へ潜り込む。


至近距離。


突き。


深く、深く。


剣がイデアの胸を貫いた。


衝撃波が背後の海を割る。


一瞬、静寂。


だが。


イデアの裂けた口が、ゆっくりと吊り上がる。


「痛いですねぇ」


貫かれた胸が、ぐにゃりと歪む。


肉が蠢き、骨が軋み、裂けた部分が音を立てて再生していく。


シンは即座に剣を引き抜き、距離を取る。


「……面倒な体だ」


「魔族ですので」


イデアの指先に黒い魔力が集まる。


次の瞬間、無数の魔力弾が空間を埋め尽くした。


弾幕。


回避不能に見える密度。


だがシンは踏み込む。


退かない。


剣を振る。




――《龍鱗防壁》。


高速で円を描く斬撃が、迫る魔力弾を次々と切り落とす。斬撃の軌跡が鱗のように重なり、即席の防壁となる。


爆発。


砂煙。


その中からシンが飛び出す。


「まだだ!」


跳躍。


高く。


空へ。


イデアの真上。


剣を構える。


魔力が刃に集中し、空気が震える。


「竜牙――」


イデアの目が細くなる。


「突ッ!!」


一直線の急降下。


空を裂き、海鳴りを引き連れて落ちる一撃。


竜が視えると言われた伝説の技。


直撃。


轟音。


砂浜がクレーター状に抉れる。


イデアの体が地面に叩きつけられ、骨が砕ける音が響いた。


明確な優勢。


圧倒。


だが――


砂煙の中。




「……素晴らしい」




声。


ゆらり、と立ち上がる影。


砕けたはずの骨が再生し、裂けた肉が閉じていく。


「これが、かつての最強……」


イデアの目が細められる。


「ですが」


その瞬間。


シンの背後に黒い影が生まれていた。


遅い。


気づいたときには。


――斬。


見えない魔力の刃が、背中を深く抉る。


血が舞う。


シンは踏みとどまる。


だが追撃。


横薙ぎ。


衝撃。


肋骨が砕ける音。


砂浜に叩きつけられる。


それでも立つ。


膝をつき、剣を支えに。


再び踏み込む。


斬る。


刺す。


蹴る。


殴る。


人間の域を超えた技量で、イデアを再び切り刻む。


だが。


時間が経つほどに、差が浮き彫りになる。


イデアの肉体は再生する。


魔力は尽きない。


対して。


シンの呼吸は荒くなる。


肩が下がる。


踏み込みがわずかに鈍る。


そして。


気づけば。


激戦の只中。


シンの鎧は砕け、骨は何本も折れ、肉は深く抉れていた。


左腕は震え、血が止まらない。


それでも剣を握る。




イデアは少し距離を取り、感心したように拍手した。


「……見事デス」


裂けた口が歪む。


「技量では、間違いなく貴方が上」


一歩、近づく。




「ですが」




黒い魔力が周囲を満たす。


「人間の肉体は……あまりに脆い」


シンは荒い呼吸の中、笑った。


「そうか?」


血を吐き捨てる。


「まだ立ってるぞ」


イデアは、わずかに目を細めた。


そこに、ほんの僅かな“惜しみ”が混じる。


「貴方ほどの器が、ただの人間であることが……少し残念です」


静かに告げる。


「もし魔族であったなら。もし魔王様の側に立っていたなら」


指先に魔力が収束する。


「世界は、もっと早く終わっていたでしょうに」


砂浜に、再び殺意が満ちる。


満身創痍のシン。


無尽蔵の魔力を持つイデア。


二人は、なお向かい合う。


上位層同士の戦いは、まだ終わらない。




───────────────


砂浜には、血と焦土の匂いが漂っていた。


砕けた地面の中央。

膝をつき、剣を支えに辛うじて立つシン。


その正面に、衣服を裂きながらも堂々と立つイデア。


裂けた口元には、相変わらず薄い笑み。


シンの視界は霞み、片目は血で塞がれている。


(……ユウト達は……)


ブレイビアまでの距離を、頭の中で測る。


馬はある。街道は近い。

ティナが護衛についた。


(間に合っていればいいが……)




その思考を、遮る声。


「心配ご無用デスヨ」


イデアは、わざとらしく肩を竦めた。


「馬は全て処理しておきました。辺り一帯には魔獣も放ってあります」


裂けた口が、ゆるりと歪む。


「逃げ道は、丁寧に潰す主義でして」


シンの舌が鳴る。


「……ちっ」


だが同時に、理解する。


援軍は来ない。


助けもない。


ここは、完全に孤立。


(ならば――)


一人でやるしかない。


シンは砕けた骨を無理やり軋ませ、立ち上がる。


血が足元に滴る。


それでも踏み込む。


剣を振る。


だが――


先ほどのような鋭さは、もうない。


踏み込みは浅く、剣速もわずかに鈍る。


イデアは一歩引くだけで躱した。


「限界デスネ」


無慈悲な宣告。


次の瞬間、膨大な魔力が爆ぜる。


見えない衝撃波。


シンの体が宙を舞い、砂浜に叩きつけられる。


骨がさらに砕ける音。


剣が手から滑り落ちる。


イデアはゆっくりと歩み寄る。


「では、実験終了と致しましょう」


黒い爪が伸びる。


とどめ。


振り下ろされる、その刹那――




ぶしゅり、と。


鈍い音が響いた。


イデアの首元に、剣が突き立っていた。


血が噴き出す。


「……は?」


ゆっくりと振り向く。


そこに立っていたのは――


ライトだった。


片目は潰れ、左目は血で塞がれ、左腕と右足は原型を留めていない。骨が露出し、肉は裂け、全身が血に染まっている。


それでも、立っていた。


「ア……ルナ……みんな……」


潰れた喉から、空気の漏れるような声。


「俺が……守る……」


イデアの瞳が初めて大きく見開かれる。


「貴方は……確実に絶命したはず……!」


激昂。


魔力が爆発する。


ライトごと吹き飛ばそうとする、その瞬間。


背後から。


ずぶり、と。


イデアの腹に、剣が突き刺さった。


シンだった。


片膝をついたまま、残る力を振り絞り、突き立てている。


目が合う。


言葉はない。


だが通じる。


阿吽の呼吸。


シンは剣に、残る全魔力を流し込む。


ライトも、首元の刃に全気力を込める。



「おおおおおおおおおお!!」


「おおおおおおおおおお!!」



絶叫。


命そのものを燃やす叫び。


刃が震える。


イデアの体内で魔力が暴走する。


「やめなさい……ッ!」


初めて、焦燥が滲む。


「貴様ら如き人間が……ッ!」


全身に魔力を集中させる。


「消し飛びなさいッ!! まとめてッ!!」


黒い光が膨れ上がる。


砂浜が歪む。


海が震える。


次の瞬間。


大爆発。


轟音。


白い閃光が視界を焼き尽くす。


数秒。


いや、永遠にも感じる静寂。


やがて、砂煙がゆっくりと晴れる。


そこに――




立っていたのは、イデアだけだった。





片腕は半ば千切れ、胴体の半分は焼け焦げ、再生が追いついていない。裂けた口から荒い息が漏れる。




「……はぁ……はぁ……」




呼吸が乱れている。


初めて。


明確な“損耗”。


足元には、二つの骸。


シンとライト。


イデアはゆっくりと歩み寄る。




「……してやられましたね」




シンの亡骸の前に立つ。


その首を、無造作に掴む。


ぶちり、と音を立てて引き千切る。




「最後まで……厄介な人間でした」


次に、ライトへ視線を落とす。


壊れた肉体。


だが微かに残る魔力の揺らぎ。




イデアは目を細める。


「これは……」


裂けた口が、静かに歪む。


「まだ利用価値がありそうですね」


影が伸びる。


魔力が空間を歪める。


次の瞬間。


イデアの姿は、ブレイビアビーチの砂浜から消えていた。


残されたのは、焼け焦げた大地と、二つの亡骸。


潮風だけが、何事もなかったかのように吹き抜ける。




――だが。


何かが、終わったわけではない。


むしろ。


本当の絶望は、これからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ