第1話 波打ち際の名前
夜七時。
ギルドハウス一階の食堂は、今日も変わらず騒がしかった。
木製の長机に並ぶ冒険者たち。
酒杯を鳴らす音、肉を焼く匂い、武勇伝が誇張されて飛び交う声。
傷だらけだった者たちも、今夜はどこか軽い。
それは――生きて帰れた夜の、特有の熱だった。
その一角。
四人掛けの卓を囲んで、ユウト、ティナ、ライト、アルナが食事をしていた。
デーモンオーク討伐から、ちょうど一ヶ月。
全員の傷は完治し、包帯も、杖代わりも、もはや必要ない。
「いやー、こうして普通に飯食えるって、やっぱ最高だよな」
ライトが大皿の肉をフォークで突きながら、明るく言う。
アルナも頷き、杯を軽く掲げた。
「ほんと。あの時は正直、全滅も覚悟したもの」
ティナは黙ってスープを口に運んでいたが、その表情は穏やかだった。
隻腕の右側が空いていることも、今はもう誰も特別視しない。
ユウトも同じだ。
静かに食事をしながら、周囲を見渡す余裕すらあった。
――平和だ。
そう思った、ちょうどその時。
「……そういや、ちゃんと話してなかったな」
ライトが少し声の調子を変えた。
「前に戦ったデーモンオークさ。
あれ、単体でAランク相当の魔獣だったらしい」
空気が、わずかに引き締まる。
「それだけじゃない。
俺たちが討伐後、ブレイビア周辺各地で――」
ライトは言葉を区切り、四人を見渡した。
「Aランク、下手したらSランククラスの魔獣が、立て続けに確認されてる。
ギルドにも正式な報告が来てるよ」
一瞬、卓の上の音が止まった。
ユウトの背中に、嫌な汗が滲む。
頭の片隅で、時空間魔法の文字がちらついた。
(……聞かれるなよ。聞かれるなよ……)
アルナは難しい顔をして考え込み、
ティナは静かにライトの言葉を咀嚼している。
沈黙が、微妙に重くなる。
――それを、叩き割るように。
「ま、ま! 暗い話はこのくらいにしとこうぜ!」
ライトが、わざとらしいほど明るく笑った。
「なぁユウト、ティナ。
改めてさ――俺たち、正式にパーティ組まないか?」
「……は?」
ユウトは、きょとんとした顔で固まった。
一拍。
そして、ゆっくり瞬きをする。
「あ、いや……え?
……組んで、なかったん?」
その反応に、
一同が一瞬黙り――
「「「……あははははは!!」」」
耐えきれず、ライトとアルナが爆笑した。
腹を抱え、机を叩く。
「どんだけ自然に一緒にいんだよ!」
「忘れる人、初めて見たわ!」
ティナはというと、
顔を少し伏せて、肩を小刻みに震わせている。
口元は、はっきりと――
穏やかな笑顔だった。
「じゃあ決まりだな」
ライトが涙を拭いながら言う。
「パーティ名はどうする?
リーダーっぽいし、ユウトが決めてくれよ」
「え、俺?」
ユウトは少しだけ考える素振りを見せ、
視線を宙に泳がせた後――
「……シンプルでええやろ。
**『ブレイビアズ』**でどうや?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「ダッサ!!」
「ちょっと待って無理!」
ライトとアルナが、今度は腹を抱えて大爆笑した。
声が食堂中に響く。
ティナは顔を下に向け、
必死に笑いを堪えている。
肩が、ぷるぷると震えていた。
「相変わらずだな、お前らは」
低く落ち着いた声が、横から割り込んだ。
いつの間にか、
ギルドマスターが空いていた席に腰を下ろしていた。
「……っ!?」
四人が揃って背筋を伸ばす。
「盛り上がってるところ悪いがな」
そう言って、ギルドマスターは一枚の依頼書を、
卓の中央に置いた。
「早速で悪いが……仕事だ」
羊皮紙に記された文字を見て、
全員の表情が凍りつく。
【Sランク魔獣
クラーケン討伐依頼】
「……は?」
ユウトが、思わず声を漏らした。
「ブレイビア南方、およそ五十キロ。
通称“ブレイビアビーチ”に出現が確認された」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ユウトは即座に反論する。
「Sランクですよ!? 俺たちのランク――」
「もう上がってる」
ギルドマスターは淡々と遮った。
「ティナ、EからA。
ユウト、CからB。
ライトとアルナも、BからAだ」
「……え?」
ユウトは目を丸くした。
ライトが、少し気まずそうに頭を掻く。
「あー……教えてなかったね。ごめん」
「聞いてへん!!」
食堂に、再び笑いが起きかけ――
だが、ギルドマスターの次の言葉で、空気が締まる。
「それに、お前らはもう
ギルドが認めたAランクパーティだ」
低い声が、重く落ちた。
「……それはつまり、
Aランクはもちろん、
Sランク魔獣の討伐依頼も、受注できる立場ということだ」
さらに続ける。
「他のA・Sランク冒険者は、既に各地へ散っている。
調査、討伐、人手が足りん」
「それでも危険すぎます!」
ユウトが食い下がる。
だが――
「だから、俺も行く」
ギルドマスターは、即答した。
「現地指揮と、最悪の場合の撤退判断は俺がやる」
そして、少しだけ声を低くする。
「クラーケンは海の魔獣だ。
装備は専用のものを揃えろ。
水中戦、引きずり込み、触腕による拘束……
油断すれば、一瞬で終わる」
卓を囲む四人が、
無言で息を呑んだ。
賑やかだった食堂の音が、
遠くに感じられる。
――夜は、まだ始まったばかりだ。
だが、
波打ち際では、
もう何かが待っている。




