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隻腕の斧少女と、転生者の旅  作者: Ao114535
2章 雪解けと瓦解
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第5話 デーモンオーク戦 Part3


それは、世界そのものが――

一瞬、軋んだように見えた。


ユウトの足元から、幾何学模様の魔術陣が展開される。

重なり合う円環、歪む直線、淡く発光する文字列。

空間に刻まれたそれらは、まるで時間そのものを縫い留める楔のようだった。





【時空間魔法 開 加速神域アポカリプス



半径二十メートル。

その魔法領域に踏み入った瞬間、世界は二重に見える。


――正確には、世界が遅くなった。


この魔法は、対象の「時間の速度」を二倍にする。

敵から見れば、ただの加速。

だが実態は違う。


例えるなら、

・通常の人間が「倍速再生された映像」を見ている状態

・一方、術中の者は「等速で生きている」


つまり、

周囲すべてがスローモーションになる。


ただし代償は重い。

筋肉の収縮、血液の循環、神経伝達――

それらすべてが、例外なく二倍。


身体は、悲鳴を上げる。






ユウトは笑っていた。


理性は薄れ、

極度の疲労と魔力枯渇が生んだアドレナリンが、

彼を異常な高揚状態へと押し上げている。


デーモンオークの蹴りが放たれる。

本来なら、視認した瞬間に致命打となる速度。




――だが。


ユウトは、半歩だけ横へずれた。


拳が迫る。

空気を裂く衝撃波。


それすらも、

彼の視界では鈍く、遅い。


「――はっ! おせえよ!!」


普段の彼なら、決して口にしない言葉。

それを吐き捨てるように言いながら、

ユウトは紙一重で攻撃をかわし続ける。


そして、その異変に――

ティナが気づいた。


(……速い。

 いや、違う……世界が、変だ)


魔力は、もう出し尽くしたはずだった。

それなのに。


(なのに……ユウトの周りだけ、時間が歪んでる……?)


戸惑い。

理解不能。

だが、次の瞬間――


ティナは歯を食いしばった。


(考えるな……!

 今は――信じろ!!)


彼女は踏み込む。



加速神域の中で、

二人の動きは、まるで長年研鑽を積んだ達人同士の演舞だった。


無駄がない。

呼吸が合っている。

互いの死角を、互いが埋める。


斧と魔術、

力と判断。


――完璧な連携。




だが。


それは、長くは続かなかった。


元々、ユウトの身体は限界だった。

魔力枯渇、極度疲労。

そこに【時空間魔法】という禁忌に近い負荷。


意識を保っているだけでも、奇跡。


共闘が始まって、十秒。


ユウトの身体から、

血が噴き出した。


鼻、口、耳。

皮膚の裂け目。

全身の毛細血管が、耐えきれずに破裂していく。


膝が、落ちる。


――倒れる。




その直前。





ユウトは、かすれた声で、

それでも確かに、ティナへ言葉を投げた。


「……ティ、ナ……

 1秒だけ……

 俺を、信じてくれ……」


その瞬間。

加速神域の位相が、変わった。


ユウトの魔術陣が、一段、深く沈み込む。


光の色が変わった。

淡い蒼から、血を思わせる深紅へ。


それは単なる強化ではない。

術式の“使用条件”そのものを切り替える行為だった。





――【加速神域 α(アルファ)】




通常の加速神域は、

領域内にいるユウト自身と、許可した味方の「時間の速度」を二倍にする。


だが、このαは違う。


領域内にいるユウト以外の味方

 時間速度 四倍


その代償として

 味方全員が受ける肉体的・生理的負荷を、術者ユウトがすべて肩代わりする。


本来なら、

複数人分の筋肉破壊、血管への負担、神経摩耗――

それらを一人の人間が受け止めれば、即死してもおかしくない。


それでも。


ユウトは、それを選んだ。


(……寿命、削るんやけどな……)


誰にも聞こえない、

誰にも説明する気もない、

それでいて――覚悟だけは、はっきりとした独白。


彼の身体が、限界を超えて悲鳴を上げる。




だがその瞬間、

ティナだけが、世界から解き放たれた。





負荷は、すべて。

術者一人に集中する。


ティナの瞳が、大きく見開かれる。

一瞬だけ、涙が浮かんだ。


だが――

迷いは、なかった。


0.1秒。


世界が瞬きするより早く。


ティナの身体は、弾けるように加速し、

オークの懐へと潜り込む。


斧が、閃光を描いた。


首が宙を舞う。

重力を思い出す前に、

デーモンオークの身体は崩れ落ちた。


――音は、後から来た。


血飛沫が、地面に落ちる。


そして、

加速神域が、静かに――消えた。


倒れ伏すユウト。

立ち尽くすティナ。


戦場に残ったのは、

命を削って勝ち取った、たった一つの勝利だけだった。


――だが、その代償は、

まだ誰にも、見えていない。

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