第4話 デーモンオーク戦 Part2
「全員、動け!」
ライトの叫びが、森に叩きつけられた。
「ユウト、即座にバフ展開!
回復ポーション、ティナに!
アルナは俺の後ろだ、距離を取れ!」
指示は的確で、迷いがなかった。
だが――
ユウトは一瞬、硬直していた。
ティナの突進があまりにも速すぎた。
実戦経験の浅さが、判断を一拍遅らせていた。
「……くそっ、悪い!」
ユウトは声を荒らげながら詠唱に入る。
「筋力増強――ライトに!
魔力出力増強――アルナに!」
魔力が走る。
遅れを取り戻すように、支援が展開された。
「来た……!」
アルナが歯を食いしばる。
二体のデーモンオークが、同時に動いた。
巨体に似合わぬ速度。
拳と脚が、空気を裂く。
ライトは前に出る。
「アルナ、今だ!」
「分かってる!」
二人の声が重なる。
「――ブレイジングシャワー!!」
ライトの周囲に、無数の魔力の剣が出現する。
本来は支援用途で使われる魔力構築術式。
そこへ、アルナの火属性魔力が叩き込まれた。
剣一本一本が、灼熱を帯びる。
それらが一斉に放たれ、
雨のように降り注いだ。
【ブレイジングシャワー】
ユウトの支援魔法とライトの光属性魔術とアルナ火属性魔術を複合した攻撃魔法として強引に融合させた、即席の合体魔術。
制御難度は極めて高いが、
条件が揃えば――Sランクに届きうる威力を持つ。
「――倒れろぉぉ!!」
炎と魔力が、一本のデーモンオークを貫いた。
巨体が、崩れ落ちる。
地面が再び、震えた。
――一体、撃破。
その頃。
ユウトは地面に座り込み、
気絶しているティナを無理やり抱き起こしていた。
「……頼む、飲んでくれ……!」
震える手で、回復ポーションを口元に運ぶ。
「回復ポーション言うても……
傷の治りが早くなるだけや……!」
焦りで、声が裏返る。
血は止まりつつある。
だが、骨と内臓へのダメージは重い。
その時――
「……っ!」
視界の端で、影が動いた。
残った一体のオーク。
その視線が、ユウトを捉える。
「こっち来とる……!」
巨体が迫る。
拳が、振り上げられる。
間に合わない。
支援は、もう切っている。
――ティナが先か。
――拳が先か。
時間が、引き伸ばされた。
次の瞬間。
――ザシュッ!!
血飛沫が、宙を舞った。
だが、それはユウトのものではなかった。
オークの拳が、
根元から、斬り落とされていた。
「……油断、するな……」
低く、掠れた声。
ティナが立っていた。
斧を構え、血を滴らせながら。
「……ユウト」
一瞬だけ、視線を向ける。
「……無事で、よかった」
その瞳は、もう迷っていなかった。
――戦いは、まだ終わっていない。
────────────────
――残り、二体。
目の前に一体。
もう一体は……見えへん。
けど、分かる。
ライトとアルナが引き受けとる。
「……ティナ」
俺は、斧を構え直した彼女に声をかける。
「短期決戦や。
長引いたら、俺もお前も、あかん」
ティナは一瞬だけ、こちらを見る。
「……分かってる」
息は荒い。
回復ポーションで最低限は戻したが、
身体はまだ悲鳴を上げとる。
――それでも、ティナは前に出る気や。
「……全部、いくで」
俺は歯を食いしばる。
「残りの魔力、全部お前に流す。
筋力増強、重ね掛けや」
「……無茶」
「今さらやろ」
詠唱と同時に、魔力が抜けていく感覚。
頭の奥が、ズキズキ痛む。
ティナの身体に、淡い光が走る。
「……これ、限界超えてる」
「せや。
せやから――一撃で決めろ」
ティナは、斧を握り直した。
「……技、使う」
その言葉に、思わず口元が緩む。
――ああ、せやった。
(回想)
『なあティナ、その技さ……
雷みたいに落ちるから、
雷神斬とかどうや?』
『……勝手に名前、つけるな』
そう言いながらも、
ほんの少し、満更でもなさそうな顔しとった。
(現在)
「……雷神斬」
低く、呟く。
ティナは地を蹴った。
跳ぶ。
高く。
ありえへん高さまで。
空中で、身体をひねる。
フェイント――いや、軌道修正。
オークが腕を振り上げる、その瞬間。
――ズドンッ!!
雷が落ちたみたいやった。
斧が、首元を断ち切る。
巨体が、崩れ落ちる。
……倒した。
同時に。
――ぐらり。
視界が歪む。
「……っ」
全魔力、使い切った。
頭が割れそうや。
吐き気。
立ってられへん。
「……ユウト」
ティナが、慌てて近づいてくる。
「……無理、した」
「してへん……
ちょっと、立ちくらみや……」
完全なやせ我慢。
膝が折れそうになった瞬間、
肩を掴まれた。
「……ほら」
支えられる。
「……情けないとこ、見せたな」
「……いつも、口だけ」
「うるさいわ……」
軽口叩いたつもりやったが、
声に力が入らへん。
「……ライトたち、行こ」
そう言って、歩き出そうとした、その先。
――見えた。
絶望。
大木の幹に、めり込んでいるライト。
血まみれ。
意識はあるが、動けてへん。
「……ライト……?」
アルナは――
腰が抜け、地面に座り込んでいた。
「……あ……あ……」
涙と鼻水で、顔がぐしゃぐしゃや。
足元は……目を背けたくなる。
デーモンオークが、ゆっくりと拳を振り上げる。
狙いは、アルナ。
「……間に合え……!」
――ギィン!!
斧が、拳を受け止めた。
「……遅い」
ティナが、歯を食いしばる。
仲間で立っているのは――
もう、ティナしかおらへん。
だが。
呼吸は荒く。
足取りは重い。
バフ無し。
身体は、限界。
オークの一撃一撃が、重くのしかかる。
「……くそ……」
俺は、その場に座り込んだ。
意識が、遠のく。
――あかん。
そこで、夢を見た。
⸻
「その日は、目が眩むほど忙しかった」
終電。
怒号。
鳴り止まへんスマホ。
ブラック企業。
休みなんて、無い。
「……まだ、やれるやろ?」
上司の声。
心は、とっくに擦り切れとった。
それでも。
家に帰ると――
「おかえり、ユウト」
リナが、笑ってた。
同居してて。
他愛ない話して。
それだけで、生きられた。
――幸せやった。
でも。
赤信号。
ブレーキ音。
血。
リナは、死んだ。
世界が、終わった。
⸻
ユウトが、目を開く。
瞳は虚ろ。
だが、異様に冴えている。
魔力の酷使。
極度疲労。
アドレナリンの過剰分泌。
――いわゆる、“ハイ”。
「……ユウト……!」
ティナが、必死に声をかける。
だが、届かない。
ユウトは、ふらふらと歩き出した。
一直線に。
デーモンオークへ。
殺意だけを、携えて。
ゆっくりと、
なぞるように、掌印を組む。
そして、虚ろな声で、詠唱する。
「……時空間魔法」
一拍。
「――開
加速神域」
その時世界が、歪んだ。




