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第二話

 野原を歩きながら、シアはアルドの様子をそっと伺った。騎士は先ほどから、ずっと黙っている。

 ベルーセ村でのこと、アルドの母のこと、妹のこと──さまざまなことが脳裏をよぎっているのだろう。それはシアも同じだ。

 ベルーセ村は山岳地帯にぽつんとある、独立地帯である。住民よりも羊の数の方が多い小さな村だから、これまでどの隣国も、ベルーセ村を統治しようとはしなかった。天然の要害であるベルーセ村を攻めるには膨大な手間がかかるが、領地にしたところで、大したメリットはない。村長はいるものの、近隣の勢力にとっては空白地帯に等しい村だ。

 しかし、ベルーセ村には膨大な量の記録──古代からの歴史書や物語、神話の類が保管されている。それらの記録が戦乱で失われることのないよう、古代の為政者たちは天然の要害であるベルーセ村に持ち込んだのだと、伝わっている。

 シアの家はこういった記録の保管をする一族であったから、シアは幼い頃からさまざまな歴史書や神話、物語に触れてきた。彼女の考え方は、大いにその影響を受けている。

 一方アルドはどうであったかというと、野山を羊たちと駆け回る少年であった。彼が無口なのは、人間と接する機会がさほど多くなかったからだ。

 シアは内心、そっと頭を抱えた。純朴なアルドのことだから、先ほど農作業をしていたおばさんから聞いた話を真に受けているだろう。ベルーセ村での被害を重ねて、自分のことのように胸を痛めているかもしれない。もしかしたら、ヤハラ国への反感を持ってしまった可能性もある。

 先ほどのおばさんが嘘をついているとは、シアは思わない。しかし情報というものは、人々の間で伝達するうちに、少しずつ変質していってしまうことがある。だからこそ、ヤハラ国の図書館で調べたとき、「誰がさらったか」が本によって違うのだろう。

 戦に勝ったからと情報を改竄する権力者が、これまでの歴史のなかでいかに多かったことか。シアはそれをよく知っているから、「嘘ではなくても、誤りがある」こともあると、身に沁みている。

 しかしアルドは、そうではないだろう。

 そこがアルドくんのいいところでもあるんだけどね、と、シアは原っぱに生えていた枯れ草を撫でた。


「ベルーセ村がジャンボに襲われたとき──」


 アルドが苦しそうに、一度言葉を区切った。


「俺は羊を山に放したあと、火の見櫓にのぼって、鐘を鳴らしたんだ」

「うん。私もその音で気がついた」

「……燃えてる家がいくつか見えた。ジャンボの連中が村を荒らしてるのが見えた」

「うん」

「すぐに剣をとって、連中を斬った。でも斬っても斬っても、終わりがなかった」


 アルドは眉を寄せて、剣の柄をぎゅっと握った。その指先は白くなっている。


「攻め入ってきたジャンボの奴らを、俺はさんざん斬った。夜が明けて、辺りが明るくなったとき──村の人々が大勢倒れてた。母さんも、妹も。山に逃がしたはずの羊も、何匹か殺されてた」

「うん。ひどかったね」

「ベルーセ村はずっと平和だった。平和を願ってた。なのに、なんであんなことが──」


 苦しそうにうめくアルドに、シアは極力感情を出さないように、淡々と伝えた。


「近くの山で、資源が見つかったから」

「資源?」

「鉄鉱石。ジャンボはそれを狙ってたんだよ」

「鉄が欲しかった?」

「そう」

「そんなことのために?」

「……そう。交易する方法もあったんだと思うよ。だけど連中は、そういう平和的な手段を選ばなかった。蹂躙して、奪うことを選んだ。自分たちが先に見つけたんだ! 奪い合いだ! ……ってね」


 アルドは空を見上げてため息をついてから、シアに目を向けた。


「なんでそんなことを」

「……便利だからじゃない? 私の家も荒らされたよ。うちで保管してた本が、いくつもジャンボに盗まれた。そうしてお芝居や小説や戯画にされて……ジャンボの人たちが一から作ったものみたいに、拍手喝采されてた。連中は略奪したもので、さんざん儲けてた。さんざん称賛されてた」


 アルドの目に、さっと怒りの光が宿る。


「俺は、ジャンボの連中を許せない」

「うん」

「ハッシャでも、似たことがあったなら……ハッシャの人たちがヤハラを許せないのは当然だ」

「ちょっと待って」


 シアが足を止めた。平原を吹き渡る風が、枯れ草に波を作る。うねるように広がっていく揺れを、アルドは目を伏せて見守った。


「ハッシャの人たちはヤハラ国民がやったって言ってる。でもヤハラ国の本では、意見が割れてる。ヤハラ国の統治下で、警官が人身売買を取り締まってた記録もある。誰がやったかわからなくなってるっていうのが、真相だと思うよ。もう何十年も前の話だから」

「でも」

「感情を煽る人には注意して。私たちはベルーセ村の惨劇を、身をもって知ってる。だからアルドくんがハッシャの被害に胸を痛めるのも、すごくよくわかる」


 シアはばしんとアルドの背中を一度叩いてから、悲しそうに笑った。


「……だけどね、情報って、危ういものなんだよ。誰が言ってるのか? どのタイミングで、どういう背景があって出てきた情報なのか? その情報を出すことで、どんな動きが出るのか? ……そこを見ないままなら、いいように扇動されて、利用されるだけだよ」

「シアがいつも言ってることだ」

「うん。……ハッシャの国は、アルドくんとちょっと相性がよくないかもしれないね」

「そうか?」

「アルドくん、素直で腕っぷしが強いからさ!」


 できるだけ明るく聞こえるようにシアは大きな声を出すと、ハッシャ国の首都へとつづく道を進んで行った。

 その様子をながめていたアルドは、ふっと笑うと、シアのあとにつづく。

 枯れ草に日差しがあたって、金色に輝いて見えた。

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