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第一話

 乗合馬車をいくつか乗り継いで、国境を越えた。シアとアルドは国境の壁沿いにある入国審査で、いくつか書類を書いた。ベルーセ村の村長が用意してくれた二人の身元保証書を見せると、ハッシャ国の入国審査官は目を細めてしげしげと書類に見入った。


「ベルーセ村? どの辺り?」


 シアは辺りを見渡して、山の方角を確かめると、「あの辺の山のなかにあります」と指差す。

 ハッシャ国の入国審査官はうなずくと、身元保証書にサインと判子を捺した。

 アルドは後ろを振り返って、遠くに見えるヤハラの国に小さく会釈をした。


「さて、まずは地図だね」


 新しい国に来るのはわくわくするものだ。シアは荷物を手にしたまま、踊るように軽やかにくるりと回ると、アルドに向き直った。


「地図か。その次は?」

「ハッシャ国の首都に行って、市場を見て、図書館か新聞で調べる」

「いつも通りだ」

「そうだよー」


 ハッシャ国の気温は、ヤハラより少しだけ低い。シアは上着を一枚多く羽織って、ほんのりと漂ってくる水の匂いに鼻を鳴らした。近くに水場があるようだ。

 目ざとく水場を見つけたシアが船着場に駆け寄って、荷物を放り出す。ブーツと靴下をささっと脱ぐと、裸足を水につけた。


「うっひゃー! 生き返るー!」


 五日ほど、いくつか馬車を乗り継いで旅をした。はしゃぐシアをながめながら、アルドはゆっくりと船着場に近づいた。

 乗合馬車はさほど広くない。五日も座っていれば腰が痛くなるのも、足が窮屈なのも当然だ。


「アルドくんも、水に足、つけなよ」

「シアが落ち着いたらな」

「えー、なんで?」

「荷物番」


 アルドは鎧に覆われた胸を、ほんの少し反らした。鎧の全てのパーツを着たまま馬車に乗るのは窮屈が過ぎるので、籠手や脛当てはリュックに詰めたままだ。


「寒くない? マント、ふかふかのやつにしたら?」

「そこまで寒いわけじゃない。なかに一枚多く着てる」

「そっか。それならよかった」

「それでも寒かったら、シアに抱きつく」

「……それはお風呂に入ってからにして」


 シアは心底嫌そうな顔をして、手早く足を拭くと、靴下とブーツを履きなおした。

 その横でアルドが若干しょんぼりしているのを見て、シアは笑って水滴を飛ばした。


「アルドくんの番だよ」

「うん」


 アルドがブーツと靴下を脱ぐのをながめながら、シアは辺りを見渡す。

 木枠に漆喰を塗り込めた建物が並んでいる。少し離れたところには田畑が見えて、ハッシャ国の人々が農作業をしている様子が見てとれた。


「アルドくんの足がスッキリしたら、話を聞いてみようね」

「もう少し時間をくれ。足が蒸れてる」

「だよねぇ。私もだよ」


 アルドがしばらく水に足をひたしてぼんやりしているうちに、船着場に小舟がやってきた。ゆっくりと舵をとる男が、早口で二人に叫ぶ。


「邪魔だよ!」


 近くの小屋からおじさんが出てきて、小舟から投げられたロープを船着場に結びつけるのをながめながら、アルドは「もうちょっと、ひたしたかった」とぼそりと言った。


***


「すみませーん。ちょっと道を教えてくださーい」


 農作業をしていた人に呼びかけると、畑の雑草を抜いていたおばさんが顔を上げた。


「あんたら、どこから来たの? ヤハラ?」

「そうです。ハッシャ国の首都ってどっちに行けばいいですか?」


 おばさんはじろりと二人を品定めするように見ると、曲げていた腰を伸ばした。おばさんはほんのり日焼けした顔を向けて、「あっちだよ」とそっけなく言った。


「ありがとうございます! あと、地図とか売ってそうな場所があったら、教えてほしいんですが……」

「地図ねぇ。何か書くものは? 首都までの地図なら、簡単に描くよ」


 アルドはリュックをおろしてごそごそと手帳を出す。地図を描こうとしたおばさんの手が止まった。


「……ベルーセ村? 被害?」


 前のページに書き込んだ文字がちらりと見えたらしい。アルドがうなずくと、おばさんはゆっくりとため息をついた。


「ヤハラの奴ら、またなんかやったのかい」

「……どういうことですか?」


 おばさんは手招きすると、木陰に移動して腰を下ろした。煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出しながら、おばさんは重々しい口を開いた。

 何十年か前、ハッシャの国はヤハラ国の統治下にあったという。ヤハラ国はハッシャのさらに向こう側にある国と戦っており、じりじりと前線を下げていった。

 前線が後退するごとにハッシャの国は荒れた。ヤハラからハッシャに移り住んだ人々は、ヤハラの国に帰ることができる。しかしハッシャの人々は、そういうわけにもいかない。ハッシャ国の人々はヤハラからやってきた人々を追い出し、攻め入ってきた国に恭順を示した。

 ヤハラ国の統治時代、ヤハラからやってきた人々はハッシャ国の山を切り拓き、田畑を作り、水路を整えたという。

 しかしハッシャ国の人々にとって、ヤハラからやってきた人々は戦乱で荒れたハッシャの地を捨てて逃げた人々でもあった。

 戦争というのはそういうものだが、感情として割り切れないこともある。シアは表情を曇らせた。

 おばさんは拳を握りしめ、怒りをにじませた。


「ヤハラの奴ら、若い女性をつれてったんだ。あたしらはモノじゃない」


 アルドは目を閉じて、ゆっくりと息を吐き出した。シアはアルドのマントをそっと引っ張る。

 シアはヤハラ国の図書館で、さまざまな本を読んだ。そのなかには、ハッシャでの人権問題に触れたものもあった。誰がさらったのかについては、本によって違う。


「……ヤハラの人々が、憎いですか?」


 シアはできるだけ静かに尋ねた。


「当たり前だろ。……だけど、ヤハラ人にも、いい人はいる。ここは国境地帯だから、ヤハラ人はよく来るよ」

「お話、聞かせてくれてありがとうございました」


 シアは立ち上がると枯れ草のついたスカートをぱたぱたと手で払って、アルドに声をかけた。

 アルドは押し黙ったまま、おばさんに小さく会釈をした。

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