第七話
話は少し遡る。宿の窓の外は暗い。すっかり眠っているシアの腕がばしんと飛んできたのを、アルドはそっと受け止めて、布団のなかに入れた。
なかなか寝付けなかった。そんな日に、アルドは母と妹への手紙を書く。二人ともすでに亡くなっているから、半ば日記のようなものだ。
アルドはそっとベッドから起き出すと、荷物から小さな手帳を取り出した。夜空の光が差し込む窓辺に座って、ランタンに火を灯し、ペン先をインクにつける。ペン先がたまに紙に引っかかった。
──親愛なる母さんと妹へ。
二人とも、天国でつつがなく暮らしているだろうか。
先日、シアとヤハラの国の会議に出た。ヤハラの会議は傍聴席からも質疑応答ができる……とかシアが言っていたけれど、正直俺にはよくわからん。偉い人が大勢集まるすごい会議……くらいの感覚だ。ベルーセ村の羊くらい、偉い人がたくさんいた。
そこで、やっと六年前のベルーセ村での事件を、ヤハラの国に伝えることができたよ。
やっぱりシアはすごい。
本人は「ちょっと性格が悪くて、口が達者なだけ」なんて言うが、ヤハラの国の偉い人たちと、丁々発止のやりとりをやってのけたんだからな。
……でも、シアの脚が少し震えてたんだ。
怖いのは当たり前だよな。シア、ああ見えて意外と照れ屋だし。
俺で役に立てるのかな? って心配してたけど、あとで「いてくれてよかった」と言ってくれた。少しでも、シアの支えになれてたらうれしい。
あとで「あの事件から、六年もかかっちゃったね」って、シアが言ってた。
俺もシアも、忘れてないよ。
次に、シアはハッシャに行くつもりらしい。
ヤハラの会議で話したんだからいいんじゃ? って、俺なんかは思うけれど、シアのことだから、何か考えがあるんだろうな。
俺には、シアの考えを全て理解することはできない。あいつの考えをわかる奴なんて、なかなかいないはずだ。だって、女心以上に複雑だからな。
だけど、あいつがしようとしていることは、ベルーセ村の被害をみんなに知らせるために必要なことなんだって信じてるよ。
……きっと母さんと妹はこれを読んで、冷やかしの口笛を吹いただろ。
母さんの「あんた腕っぷしだけは強いんだから、シアちゃんを守んなさいよ!」って声が聞こえてくるような気がする。
天国から、俺とシアを見守っててくれ。
それじゃまた。
──アルド
さらさらと手紙を書くと、アルドはランタンの光を消した。手帳を自分のリュックに戻す。そうしてシアを起こさないようにそっとベッドに戻り、身体を横たえた。
大きなベッドの端に寝ているシアを見つめる。夜風が窓をほんの少し揺らす音がして、アルドはシアに布団をかけた。
「……ヨダレ、たれてるぞ」
ぽつりとこぼして目を閉じる。
まだ、夜は明けそうになかった。カーテン越しに、星の光が差し込んでくる。




