第六話
議会で話した数日後、シアはいつものように目覚め、アルドはいつものように中庭で鍛錬をした。
シアは窓辺に座ってアルドが剣を振る様子を横目でちらりとながめながら、新聞を開いた。テーブルに置いたコーヒーの香りが漂ってくる。
──ベルーセ村の悲劇!
議会で話をしてから数日経っているから、おそらくはベルーセ村に取材に行って裏取りをしたのだろう。センセーショナルに書き立てる新聞を読みながら、シアはゆっくりとコーヒーを飲んだ。
ヤハラ国で刊行されている新聞はいくつかある。タカ派の新聞では芸術都市ジャンボの侵略を非難し、ハト派の新聞ではヤハラ国の過去の人権問題に触れて「あの悲劇をくり返してはならない」と書かれていた。タカ派とハト派がそろってジャンボを非難しているのは、なかなか珍しい光景だ。
ここ数日ばかり、シアの元に新聞記者や人々が訪ねてきた。ベルーセ村の事件について教えてもらえないか、政治運動に加わらないか──というものだった。
まず対話ありき、と神も言っている。シアは自分を訪ねてきた人々に話をした。ベルーセ村の場所を伝え、村で起きた事件について手短かに説明し、政治運動への参加は丁重に断った。
窓の外から水音が聞こえてきて、シアはふと顔を上げた。今日の鍛錬を終えたアルドが、お湯をかぶったらしかった。アルドの身体から湯気が上がっているのを見て、シアは「汗なのか、お湯なのか、よくわからないな」と忍び笑いをした。
部屋に戻ってきたアルドは、以前議事堂でシアに話しかけてきたタカ派議員を連れてきた。
「あら。おはようございます」
「朝早くから申し訳ないね」
「いえ。どうかされましたか?」
「もう一度議会で話をしてくれないか」
議員の言葉に、シアはきょとんと目を丸くする。
「我々は産業スパイ問題への対策を推し進めたい。それはヤハラの国内企業同士の関係でも同じことだ。君の証言があると助かるのだが……」
シアは目をくるりと回して少し考えたのち、首を横に振った。
「申し訳ないけれど、私はヤハラ国民ではありません。議会に深く関わることは、内政干渉になりかねない。ですから、議会に出ることはできません」
シアの返答に、横にいたアルドが少し不思議そうな顔をした。シアは目を伏せて悲しげに笑うと、言葉をつづけた。
「私はただ、ベルーセ村での事件を公にしたかっただけです」
タカ派議員が残念そうに表情を曇らせる。ため息が深い。
「そうか。いや、そうだな。君の言うとおりだ」
「……私たちはこのあとハッシャに向かい、ベルーセ村でのことを話すつもりです。ヤハラの国の人たちが、ジャンボにいる加害者を裁くために動いてくれているのを知っています。ちょっとした加勢になるかもしれません。でもね、くり返しになりますが、私たちはベルーセ村での事件を、公にしたいだけです。くれぐれも、そこはお間違えなきよう」
「そうか。ハッシャに行くのか。……なら、ヤハラも急がなくてはな」
「はい。議員さんには先にお伝えしておきたくて。……あいつはやっぱりハッシャの手先で、ヤハラの国を引っかき回しに来たんだって思われたら、悲しいですからね」
シアが肩をすくめていたずらをするように笑うと、タカ派議員はゆっくりとうなずいた。
「健闘を祈るよ。気をつけて行きたまえ」
「ありがとうございます」
***
日差しが暖かい。数日間寝泊まりしていた宿を引き払うと、シアとアルドは荷物を持ってヤハラの街を歩いた。
「よかったのか? 議会での証言を断って」
足元に埋まった木製の足場をとんとんと大股で歩きながら、シアは顔を上げた。
「うん。もしも私が議会で証言したら、タカ派の急先鋒! なんて祀り上げられてたかもしれないからね。ハト派からにらまれちゃうかもしれない」
「そういうものか」
「一つの国のなかでも色々あるもんだよ。なにより、私はヤハラの国の人間じゃないし、ただのベルーセの村人だ。英雄視されちゃうのは窮屈なんだよ。私はちょっとだけ、性格が悪くて口が達者なだけの村人」
シアは振り向いてアルドに笑いかけると、アルドの持っていた荷物のうち、一番軽そうなものを一つだけ受け取った。
「それで、アルドくんの幼馴染」
アルドは一瞬足を止めて、噛みしめるように「うん」と答えた。
先日買い物をした市場の喧騒が聞こえてくる。二人はときどき寄り道をしながら、市場を通り抜けた。
「馬車に乗ってる間、おやつ食べよう」
「これください」
ハッシャへは馬車をいくつか乗り継いで行く。乗合馬車の停留場で、二人は持っていた荷物を置いて、息をついた。
「今、新聞ではベルーセ村の悲劇が語られています!」
少し離れたところから声が聞こえてきて、シアとアルドは顔を見合わせた。
「これは一人の勇気あるベルーセ村の少女が、議会で話したことです。我々も現地、ベルーセ村に行きました。復興は少しずつ進んでいましたが、村のあちこちに爪痕があるんです! 想像を絶する惨状でした。ヤハラの国は、二度とこんなことをしてはいけない!」
「……あれ、ハト派の議員さんだね」
ハト派議員が涙ながらに演説しているのを聞きながら、シアは力なく笑った。
「ね? 英雄視されちゃうでしょ?」
「ああ……。でもあの人、ベルーセ村のこと、あんなに悲しんでくれて……」
若干うつむいて目を潤ませているアルドに気付いて、シアは顔をしかめた。
「アルドくん、ダメだよ。感情を煽る人には注意して。人は、わかりやすい悲劇を消費しちゃうから」
「シアの言ってることの意味がわからない。あんなに親身になってくれてるのに」
「……そうだね。ありがたいよね。でも、他に悲しい事件が起きたら、あっという間に忘れちゃうと思うよ。対処療法じゃダメだ。仕組みを変えなきゃ」
アルドのにじんだ涙をシアがぬぐううち、馬のひづめの音が聞こえてきた。
シアは遠くまで聞こえるように大きな音で拍手をして、演説するハト派議員に向けて指笛を鳴らしてから、箱馬車にするっと乗り込んだ。
そうして少し固い乗合馬車の椅子に座ると、二度とあんなことできないように、と口の中で小さくつぶやいた。




