第五話
「ちょっとよろしいか」
シアとアルドが議事堂から出たとき、声をかけてきた議員がいた。そういうこともあるかもしれないなと予測していたシアは、背筋を正して「はい」と応えた。
「ベルーセというのはどこの国の村?」
「山の中にある小さな村です。交易はあまり盛んじゃないけど、いい村ですよ。……ハッシャの息がかかってるんじゃないかって、疑われますよね」
「ああ、いや、そういうわけじゃなくて……。や、君はお見通しだな。その通りだよ」
短く刈り込んだ髪をかき回して、議員は苦笑いした。シアは微笑む。
「タカ派の議員さんですよね? 新聞でお名前を拝見してます。産業スパイ問題に熱心だ、って」
「ああ、ありがとう」
「ベルーセ村での略奪を芸術作品にするのって、産業スパイ問題と似てませんか? 私はヤハラの人間じゃないから、応援はできません。でも、なす術なく奪われた人たちに対応してくれるのは、素晴らしいことです。がんばってくださいね」
シアの言葉に少し考え込んで、ヤハラのタカ派議員は視線を床に向けた。
「議会でいきなり質疑するんじゃなくて、まず私に話を聞かせてもらいたかったなぁ。あれじゃあ国益に反する可能性がある」
「そうかもしれません。うかつでした」
シアは肩をすくめておどけて見せるが、アルドはそれがポーズに過ぎないことを知っている。隠蔽させないために、シアは議会という場を選んだ。
ヤハラの国は政策決定に時間がかかる。その間に隠蔽されたり、芸術都市ジャンボでいくつもの作品を作られたのでは、たまったものではない。
「ベルーセに調査団を送ってくださって構いませんよ。……そのときはお墓を見てくださいね。亡くなった日付が同じお墓が、たくさん並んでいますから」
それじゃあ、と会釈して去るシアに少し遅れて、アルドは議員にぽつりと伝えた。
「もしもベルーセ村に行ったら、墓に手を合わせてもらえるとうれしいです」
***
宿に戻ってきたシアは、大きなため息をついて、ベッドに座り込んだ。靴を脱いで、靴下も脱いで、あぐらをかく。
「あー! 緊張した!」
「おつかれ」
「アルドがいてくれて、心強かったよー」
茶化すときは「アルドくん」と呼ぶくせに、そんな余裕もないのだろうなと、アルドは微笑んだ。
「あの議員、ベルーセに行ってくれるだろうか」
「おそらくね。……あの議員さんの、ヤハラの国を守りたいって気持ちは伝わってきたよ。国益に反するって言われちゃっても、私がハッシャの手先でヤハラの国を引っかき回したいんじゃないか……って思われても仕方ない。でも、ベルーセ村で起きた事件は事実だからね」
むっとした様子で窓辺の椅子に座ったアルドに、シアは小さく笑った。
「シアは違うのに」
「うん。ハッシャの国の主張には、疑問が残る。……すごく痛ましい事件だよ。だけど、どうして賠償もされてるのに、何十年も前の戦争の出来事を言いつづけてるのか? そうやってハッシャに利益を誘導したい人がいるのかもって見る人は、いるだろうね」
シアは彼女の持っている一番上等な服を脱いで、伸びをした。
「だから、タカ派の議員さんが警戒するのは当然だよ。プロパガンダなんじゃないか……ってね」
ベッドの上にごろんと転がると、シアは枕に顔をうずめて「わーっ!」と声を出した。もごもごとした声になるのを聞きながら、アルドは騎士の甲冑を脱ぐ。
シアはいきなりぴょんとベッドから跳ね起きると、アルドのそばににじり寄って、やんわりと腕を絡めた。
「……あの事件から、六年もかかっちゃったね」
そうしてシアはアルドに額を合わせると、するりと一人、ベッドに戻った。
アルドが伸ばした手が宙に浮いている。




