第三話
ヤハラ国の市場にはさまざまな商品があふれていた。シアはあれこれと目を輝かせて珍しい商品を見ては、アルドの袖を引っ張る。繊細な細工のランプ、珍しい食べ物、植物模様の美しい茶器……次々と目移りしていくシアだが、アルドは慣れたもので、うなずいたり、首を横に振ったりした。
市場で買った珍しい果物を頬張りながら、シアは雑踏の喧騒を聞く。たまにアルドの口元に果物を持っていくのも忘れない。
「おつり、50ガワ多くない?」
「えっ、本当だ。ありがとうございます」
アルドが遠慮がちに果物を咀嚼する横で、シアはそのやりとりを何気なく聞いた。アルドが果物を飲み込んだのを確認してから、ちょいちょいと袖を引っ張って、耳元に「この国の人、真面目な人が多いのかもね」とささやいた。
市場を少し外れたところで、言い争うような声が聞こえる。シアは近くを通るふりをして、そっと話を聞いた。
「だから、お鍋に野菜を入れたままフタをして、お会計通っちゃったんだって。お鍋の分しか支払ってない!」
「もう乗合馬車が出る時間だろうが!」
「そんなこと言ったって、支払ってないじゃん!」
「気付かない店員が悪い」
「よくないよ! 戻ろう」
「うるせぇ! 行くぞ!」
親子らしき二人の言い争いを聞きながら、シアは「真面目でも、こういうウッカリはあるんだろうな」と、アルドに苦笑いした。
***
市場から少し離れたところにある図書館にやってきた二人は、めいめいに本を選んで、席についた。
「アルドくん、何読むの?」
アルドは無言で革張りの装丁を見せた。この国のおとぎ話を集めた本だ。シアは「わかってるねぇ」と笑う。おとぎ話はその国の子供たちが読んで育つものだから、意外と国民性などが反映されている。その横で歴史の本を開いて、シアはざっと目を通していった。
すっと鼻に通るような紙の匂いが漂う図書館で、しばらく二人がページをめくる音が響いた。
数時間後、おとぎ話集を読み終えたアルドがぱたんと本を閉じたとき、シアは眉間にしわを寄せて、何事かを考え込んでいた。
「そろそろ出ようか」
「わかった」
図書館を出ようとしたシアの前に、アルドがすっと割り込んで扉を開ける。いつものことだが、執事か何かなのかという問いがシアの頭をよぎる。
以前聞いてみたところ、「いや……護衛だから」と真顔で返事をされてしまった。以来、シアも口をはさまない。
日差しのまぶしさに目を細めながら、シアはゆっくりと階段を降りた。
宿に戻ってきて窓際のテーブルセットに座ると、シアは頬杖をついた。
「おとぎ話はどうだった?」
「正直にとか、人に優しくとか、ごく普通の話だった」
「やっぱり真面目なんだねー」
「シアの方は?」
「……このヤハラ国で、何十年か前に戦争があったみたいね。まあ、戦争のきっかけや経緯はさておき……隣国で女性の人権問題があったらしくて、今でも結構言われてる。誰が誘拐したかは、タカ派とハト派で見解が違うね」
アルドは故郷の村のことを思い出したのか、目を伏せて表情をかげらせた。
「……戦争は、これだから……」
シアは生まれ育った村に漂っていた、焼け焦げた匂いがした気がして、唇を引き結んだ。
「……ひどいよね。だからこそ、私たちの村のことも、隠蔽されるわけにはいかない。次の被害を止めるためにもね」
シアは立ち上がると、アルドの丸まった背中を軽く叩いた。
故郷の村の墓前にいたアルドの姿が思い出されて、シアはしんみりと眉を下げた。
「……どうする?」
「うーん、何十年も前のことを今でも言われてるのって、突っぱねられてないってことなんじゃないかな」
シアは頬杖をつくのをやめて、ベッドにごろりと転がった。そうして丸くなると「それか、隣国が執拗か」とうなった。
窓にあたる風で、ガラスがかたかたと鳴った。
「気持ちはわからないでもないけどね。私たちも、村での事件を公にしようとしてるわけだし。……だけど、感情を煽る人には、気をつけた方がいい」
「ああ。ルチア商会に強盗行為を働いた連中みたいになりかねないからな。……シアのそういうところ、信頼してる。どちらにも肩入れしてない」
アルドの木訥な言葉にシアはふふっと照れくさそうに笑うと「ありがと」と短く言って、ベッドに大の字に寝転んだ。




