第五話
宿屋の部屋に荷物を運んだあとにすぐ、アルドは中庭で鍛錬をはじめた。おそらく馬車に乗っていて、窮屈だったのだろう。シアはヤハラ国内で販売されている新聞をいくつか広げると、腕組みをした。
ヤハラ国のタカ派はシアの予想とは少し違う動きをしたが、概ね想定内に収まった。ハト派とハッシャ国の動きは、シアの予想通りだった。人権問題としてベルーセ村で起きた略奪を話題にし、ジャンボを糾弾している。
略奪は一次被害だ。そうして、ベルーセ村の悲劇を無断利用した作品で儲けることや賞賛を浴びること、事件の被害者に悪役であるかのように濡れ衣を着せてバッシングすること……それらは二次被害に他ならない。
「芸術の自由を破壊する魔女ねぇ……」
シアは美化された挿絵をながめる。自分とは似ても似つかないが、特徴は残っている。美女にしたのは販売数を増やす目的なのだろうか。それとも芸術家として「美しい方が絵になるから」というこだわりだろうか。
シアは絵で描かれたような美貌を持ち合わせていないが、もしも売るために美化したのなら、あまりいい気分はしない。真実と違っても売れればいいという姿勢が透けて見えるような気がして、引っかかるのだ。
芸術家として「美しい方が絵になるから」という理由だったらいいなと、シアは苦笑いした。無断で利用されるのは腹が立つが、芸術品として、いいものや美しさを追求する姿勢はわからなくもない。
紙面上で、人権問題としての側面と、産業スパイ問題としての側面から、ジャンボは糾弾されている。当のジャンボは表現の自由の問題と反論しているようだ。
「三者三様っていうかさぁ……」
略奪があったことは変わらないのになとシアは少し呆れたのち、入浴の支度をした。部屋の端から端にロープをゆわえて、カーテンをかける。湯を沸かしてもらい、大きな桶に注ぎ込んだ。人が一人入れる大きさの桶から、湯気がたちのぼっている。
アルドが戻ってきたら、お風呂に入ろう。入浴の際は無防備だから、護衛のアルドが見張っていてくれると心強い。
芸術都市ジャンボへの旅は、ハッシャ国を旅したときほど長いものではなかった。それでも湯船でゆっくりと疲れを癒したかった。
ちらりと見えた新聞に、国外でも人気のある有名芸術家がコメントを寄せていた。
「犯罪や不正、略奪によって集められた情報を利用したなら、由々しき問題だ」──その内容は以前アルドが言ったことと似ている。ジャンボの芸術家の全てが、ベルーセ村への加害に加担しているわけではないのだろう。
シアは幼馴染の騎士が誇らしくなって、宿屋の庭に視線を向けて微笑んだ。
先ほどアルドはシアに「怒らないのか」と不満げだった。アルドは感情や理念を優先しがちだ。シアにとっても理念は大切だが、理屈や構造の方に意識が向いてしまう。
だからこそ、アルドのような人がそばにいてくれるのは心強い。馬車の両輪のようなものだ。シアだけでは、きっと冷たい人間のように見えて、ベルーセ村の被害を伝えることもうまく行かなかっただろう。
なによりアルドの武芸の腕は相当なもので、護衛としても頼りになる。
「お風呂用意したよ」
シアは宿屋の庭をながめて、アルドが鍛錬を終えたところで声をかけた。アルドは黙ってうなずくと、手拭いでさっと汗をぬぐって部屋に戻ってきた。
「シアが先に入れ。俺は汗まみれだから」
「ありがと」
カーテンの向こうに置いた椅子に、アルドが座る気配がある。シアは手早く服を脱いで桶のなかに入ると、ほうっと息をついた。
「ねぇアルドくん」
「なんだ」
「ジャンボにも、アルドくんみたいなことを言う人がいたよ。不正に得た情報で作品を作るのが問題だ……って」
「そうか」
「ジャンボのすべての芸術家が、ベルーセ村での略奪に加担したわけじゃない。一部にやらかした奴がいた。ベルーセ村から略奪して、情報を売っぱらった奴が」
「うん」
泡立ちにくい石鹸を手拭いでこすって泡立てる。頭と身体を洗って、小さな桶でお湯をくんで頭からかぶる。沈黙を埋めるように、水音が響いた。シアは足を抱えたまま、桶のなかで身体を少しあたためる。
「……アルドくん、さっき、怒らないのかって私に聞いたでしょ? 怒ってるよ。私はそいつらに復讐したい。でもこっそり復讐したって、なんにもならない。だってそれだと彼らの作品は残るし、評価されたまんまになっちゃうから。……なんなら、優れた芸術を残したとかで表彰されちゃったりするかもしれないじゃん。だから公の場で、彼らのしたことを裁く必要がある」
「……うん」
「はい、交代。次はアルドくんが入りな」
簡素な服に着替えたシアがカーテンをめくると、鎧を磨いていたアルドが顔を上げた。
カーテンの奥でアルドが入浴するのを待ちながら、シアは使い終えたあとのお湯はどこに捨てるんだっけなと、ぼんやり考えた。窓の外から排水溝に流すと、宿屋で働く人が言っていたのだったか。拭いた髪を櫛でとかす。アルドが飛ばすお湯のしぶきが、カーテンに点々としみを作っている。




