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第四話

 芸術都市・ジャンボに到着した馬車が、石畳の上を進んでいく。からころと軽快な音を立てて、馬車は徐々に速度を落とす。やがて馬のいななきが聞こえて、車輪が止まった。


 馬車に乗っていた人々が次々と降りていくのを、シアは車窓をながめながら待った。白い漆喰を色付きタイルで飾り付けてある建物が見えた。モザイクアートのような模様のついた窓の形も独特だ。


 往来を歩く人々の頭の上には、鳥の羽根や花の装飾がついた帽子が乗っている。男性が着るマントは光沢のある布に金糸銀糸で刺繍がしてある。女性が着ている服にはドレープやフリルが多くあり、簡素な服よりも使う布の量が多そうだ。


 ずいぶん栄えているのだなと、シアは半ば呆れたように鼻から息をついた。


 横で同じように窓の外を見ていたアルドは「すねが丸出しだな。大丈夫なのか」と、男性の短いズボンに戸惑ったようにつぶやいた。


「え? すね毛? タイツ履いてるから見えないんじゃないの?」

「いや……向こうずねが丸出しだから、すね当てでもつければいいのにと」


 シアは途端に吹き出して、お腹を抱えながら笑った。


「アルドくん、そういうところあるよね! すぐ防御のこと考える!」

「防御は大事だ」


 笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙をぬぐうシアに、アルドはリュックを背負いながら、いたって真面目に応えた。


 御者にお礼を言って馬車を降りると、街並みがよく見えた。見事な彫刻の噴水があり、階段があり、見上げるほどの高さの建物がいくつもある。そのどれもが誇らしげに自己主張していた。


 花壇を植え替えていた男が額ににじんだ汗をぬぐって、少し元気のなくなった花たちを麻袋に放り込んでいく。シアはそれを見つめて、まだ咲いているのになと、わずかに目を伏せた。


「おじさん、それ、どうするの?」

「街の外に持っていくんだよ。いるかい?」


 シアはそっと首を横に振って、麻袋に入れられた花が街の外で咲いていればいいなと、あいまいに微笑んだ。花の盛りを過ぎたからといって、なにも捨てることはない。


 シアは華やかな街の裏側をほんの少しのぞいたような気持ちになりながら、おじさんに宿屋の場所をたずねた。


 豪華な宿を紹介されても予算とあわなくて困る。ほどほどの、雑魚寝ではない宿を教わって、シアとアルドは街を歩いた。


 ジャンボは芸術都市と呼ばれるだけあって、街の広間で芝居がかかったり、街角で音楽家の演奏が流れたりと、暮らしに芸術が溶け込んでいるようだ。


 木の足場を組み上げて作った即席の舞台の上で、男性の役者が勇ましい声をあげる。兵士役らしい。二人は足を止めた。


「貴様は権謀術数によって、我が国を混乱させたのだ!」

「なにをおっしゃるやら。わたくしは自分の庭を荒らした盗人たちへの処罰を求めただけではありませんか」


 女性の役者が羽扇で口元を覆って、高慢ちきな笑い声をあげた。大きな立襟を見るに、高貴な身分の登場人物なのだろう。


「盗人たちを野放しにしては、治安だの安寧だのと語ったところで絵空事。我らは小さくとも、長くつづく由緒ある一門です。盗人への処罰を求めることになんのためらいがありましょう」

「ええい! 聞くな! 惑わされるぞ!」


 兵士役の男たちがこぞって剣を抜き、女性に斬りつける芝居をする。高貴な姿の女性はくるりと回転した。


「我らはただ、盗人たちの罪を明らかに──」


 か細い声をあげる女の髪をうしろからつかんで、反り返った胸に兵士たちが深々と剣を刺す。


「奸賊を討ち取ったぞ!」


 観客たちが拍手と歓声をあげるなか、シアはアルドの腕を強く引っ張った。アルドは呆然と立ちつくしている。


「アルド、行こう」


 半ば無理やりアルドの腕を引っ張って歩き出したシアに、騎士は力なく従った。表通りから一本入った裏路地を通る。


 宿に向かうアルドの足取りは重い。シアは六年前、ベルーセ村でアルドの妹が殺されたときの話を聞いている。侵略してきたジャンボの兵士に髪をつかまれ、後ろから深々と胸を貫かれたそうだ。


 石畳に響くアルドの足音が心なしかしょぼくれているように聞こえて、シアはおずおずと切り出した。


「アルドくん……大丈夫?」

「……あれは、ベルーセ村で起きたことを題材にしている」


 言葉を切るようにゆっくりと声に出したアルドに、シアは小さく何度もうなずいた。


「あれは……あの斬られた女役は──」


 シアだろう、と言葉がつづくのを見越して、シアはアルドの唇に人差し指を当てた。


 人通りはほぼないが、用心するに越したことはない。


 アルドは悔しげに眉を寄せて言葉を何度か飲み込んだ。建物と建物の間を渡るロープにぶらさがった洗濯物が揺れた。


「……君だろう。奸賊? 濡れ衣もいいところだ。もしも彼らの言うとおりなら、なぜ六年も経ってるんだ。六年経って、まだ暴力でなく、忍耐強く対話をつづけているのに」


 アルドはシアの扱いについて怒っている。当のシアは、アルドが妹の死をなぞるような創作をされたことを心配している。


 互いを大切にしていることがくすぐったくなって、シアは小さく笑った。


「プロパガンダってやつだよ。情報戦だね。……本当、くだらない」

「どうして笑うんだ。怒れよ。君は自分のために、怒るべきだ」

「ええー?」


 苦笑するシアから、アルドは顔を背ける。本気で怒っているのだろう。ありがたいと目を細めながら、シアは言葉をつづけた。


「ヤハラ国のハト派もタカ派も、ジャンボの罪を問う方向で動いてる。ハッシャ国だってそう。そうして、ベルーセ村は被害者だ。……ジャンボの全ての人が加害したなんて思わないよ。だけど、加害者を庇うなら、似たようなものだよ。この状況で加害者を庇おうとする奴の方がどうかしてる」

「そういう話じゃない。腹は立たないのか」


 頭上に干してあるシャツのすそが、風でめくれあがった。


「腹は立つよ。だけど、あいつらは怒らせたいんだよ。私たちが怒ったところを利用したいんだ。感情的だ、凶暴だ、凶悪だ──ってね。そうやって怒ったところを広めたいんだ。私たちがジャンボの加害者のしたことを許さないならこうしてやる! って見せしめ。地上げ屋のゴロツキとそんなに変わらないよ。なんで怒らせたがってる奴らの思惑に、乗ってやらなきゃいけないの?」

「……それでも怒ってくれよ。君は理屈を見すぎる。傷つけられてるんだぞ。俺の前でくらい、怒っていい」


 胸の奥からしぼりだすようにうめいたアルドに、シアはゆっくりとうなずいた。


「ちゃんと怒ってはいるよ。怒りの出し方が違うだけ」


 アルドは答えず、シアの手を握ろうとする。シアはするりとかわしてアルドの頬にぺちぺちと軽く触れると、さっさと歩き出した。


 アルドは心配しているのだろう。シアも傷ついていないわけではないが、それで足を止めても何にもならない。


 お前の本心は、本音はどこにあると子供の頃から幾度となく言われてきたシアだが、そんなものは時間の経過や状況の変化、タイミングで変わってしまうものだ。その一方で、理屈は大きく変わらない。


 うしろをとぼとぼと歩いてくるアルドに、シアは振り返って茶化した。


「ジャンボからしてみれば、奸賊に見えることもあるんじゃないの? 立場の違いだよ。……でも私たちの側から見えるものを知ったら、どうかな」

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