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第三話

 ヤハラ国内の芸術都市・ジャンボに向かう乗合馬車を待っていると、ハト派議員の演説に出くわした。毎朝毎夕、停留所の前で演説をしているのだろう。


「隣国ハッシャ国が、ベルーセ村の被害について強い声明を出しました! ベルーセ村を侵略したヤハラ国は、昔と何も変わっていないのではないか……と! 我がヤハラ国は、ハッシャ国で過去に人権問題を起こしています!」


 停留所で乗合馬車が来るのを待ちながら、シアはにやりと笑った。


「ハッシャ国が動いてくれたね」

「これは人権問題です! このままでは、『やっぱりヤハラ国は人権を無視する国だ』『まったく信用ならない国だ』という認識をされてしまう! 隣国との友好関係にもヒビが入ってしまいます! 我々左派が、どれだけの時間を費やして、隣国ハッシャとの友好関係を築いてきたか!」


 ハト派議員は涙ぐんで、ところどころ言葉に詰まりながら演説している。


 シアはじっとりとした半眼になって、アルドに向けて肩をすくめた。


「……これまでの自分たちの手柄がふいになりそうなのが嫌だってことかな?」

「シア」


 たしなめるアルドの声に、シアはそっぽを向く。


「ありがたいとは思ってるよ。でもあのハト派議員だって、産業スパイ対策を進めるタカ派議員だって、結局は自分たちのためなんだよ。……だから、利益を説く必要が出てくる。利益におぼれた人たちを見て、がっかりするんじゃないの? アルドくんは」


 アルドは苦虫を噛み潰したような表情になって、曖昧にうなずいた。


「騎士なんて、理念や理想の塊だもんね。……ギャップに失望して騎士をやめちゃう人もいるし、悪徳騎士になっちゃう人もいるんでしょ?」

「そういう輩は、騎士団が責任を持って確保・沙汰をくだす。……そうしなくては、騎士という存在自体が地に落ちて信頼されなくなるからだ。その騎士がしたこと以上のことは責めないが、公平だよ」

「ほとんど自警団って言ってたのに、くわしいじゃん」

「まあ、話は流れてくるからな」


 アルドは特に感慨もなく、淡々と言う。シアは背をかがめて足元の石を小さく蹴ると、演説をつづけているハト派議員をぼんやりと見た。


「政治はね、大体、『この問題に協力するから、こっちにも協力して』みたいな利害の一致がある。本当は同じ問題意識を持ってもらうのが一番だけど、政策の優先順位ってなかなか一致しないから、消極的な賛成もあるよ。出身地や出資者からの要請もある。だから話をすることも、理を説くことも、利益を説くことも、大切なこと」

「シアは政治家になったことなんてないのに、なぜ知ってるんだ?」

「うちにあった歴史書や物語から学んだ」


 馬のひづめの音と、いななきが聞こえてくる。ゆっくりと止まった馬がぶるるると鼻を鳴らして、長い首をしきりに振った。


 ハト派の演説はまだつづいている。シアが馬車に乗り込んだとき、風が吹いて、演説のビラが一枚飛んでいった。


 ゆっくりと動き出した馬車の窓から、売店の店頭に並んだ新聞の一面記事が見えた。


 ──略奪を作品化した都市・ジャンボ! これは産業スパイ問題である!


「タカ派議員も、動いてくれたね」


 シアはほんのりと疲れの残る笑みを浮かべて、あくびをした。


***


 芸術都市・ジャンボへの道のりは、以前の旅とは違い、街道沿いを行く。車窓を流れていく景色も荒野や森ばかりではない。馬車の旅の合間に、何度か街中で休憩をはさんだ。シアは停留所の売店で新聞や飲食物を買い、アルドは鍛錬に励んだ。


 馬車に揺られながら新聞を読んでいたシアが、ふふっと笑い声をあげた。不思議そうな顔をしたアルドに、シアは新聞を見せる。


「なかなかいい仕事っぷりだよ」


 ──芸術都市・ジャンボが、ベルーセ村への侵略や略奪を芸術作品として発表していたことが発覚した。ハト派からは、略奪で利益を得たことへの非難が殺到している。本紙の取材に、あるタカ派議員はこう述べる。


「我々は産業スパイ対策のための法整備を訴えてきました。産業スパイは不法行為によって、同業他社から業務上の機密情報を盗み取り、自社で製品化するなどして利益に繋げるという犯罪行為です。ベルーセ村から略奪して芸術作品を作った都市ジャンボもまた、産業スパイであると言わざるを得ません。倫理的に、こういった不法行為を前提とした利益化は処罰の対象にすべきだと、我々は考えています」


 産業スパイ問題でよく取り沙汰されるのが、工業や農業などの新技術が外国に盗まれる事件だ。研究開発の費用や手間をかけずに利益を奪う手口に、国内でも対策が叫ばれている。芸術作品の制作においても同様に、倫理的な姿勢が問われる。


「研究開発の努力や研鑽を軽んじる社会に、未来はないと考えています」


 努力が正当に報われる社会のためにも、産業スパイ問題への対策が急務だと、タカ派議員は語る──。


 新聞記事を読み終えたアルドはほうっとため息をついた。馬車が揺れていて文字が読みにくかったのか、目頭をぎゅっともんでいる。


「でね、さらにこういうのもあるよ」


 シアがいそいそと他の新聞を開いたので、アルドは「いや、いい。酔う」と制した。


「ええー? 結構踏み込んでるよ? 人権問題か? 産業スパイ問題か? 『表現の自由』への足かせか? とかって」

「基本的に表現は自由だろうが、不法行為によって作られた作品なら、ダメだろ」

「だよねぇ」


 シアは先ほどの売店で買ったビスケットを一枚口に放り込むと、アルドの口元にもビスケットを届けた。アルドは少し身をかがめてビスケットをくわえると、ぼりぼりと頬張った。

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