第一話
車窓を流れていく景色をながめながら、シアは頬杖をついた。荒野に差し込みはじめた朝の光に目を細めて、あくびをする。朝早い時間だから、まだ馬車に乗っている人のほとんどが眠っている。
箱馬車のなかのカーテンで覆われた一画から、朝早く目覚めたらしい老婦人が出てくる。用を足したのだろう。そのうちトイレも混み合うんだろうなとぼんやり考えていたシアは、老婦人と目が合って、小さく黙礼した。隣でアルドが目覚めて、ぼうっと空中をながめている。
「おはよう、アルドくん」
「……おはよう、シア」
馬車に乗っている間、アルドは日々の鍛錬ができないので、退屈そうだ。馬が水を飲んだり、休憩したりする時間になると、いち早く外に出て鍛錬をはじめる。馬車のなかでも、たまに椅子から少し尻を浮かせた姿勢で鍛えている。その横でシアは新聞を読んだり、馬車に乗っている人々と話したり、考えをまとめたりした。
そうこうするうち、馬車がヤハラ国の首都に着いた。乗合馬車の停留所の前で、ヤハラ国のハト派議員が演説している。
「今、ヤハラでは大御所芸術家の盗作問題が騒がれています! もちろんこれも問題ではあります。しかし我々はベルーセ村の悲劇を忘れてはなりません!」
シアはきょとんと目を丸くした。足元からスズメが数羽飛んでいった。
「ヤハラ国内に、ベルーセ村から略奪した都市があったことを、忘れてはいけません! これは人権問題です!」
ハト派議員の演説に耳を傾ける人は少ない。感動して足を止めたアルドの袖をちょいちょいと引っ張ると、シアは「ありがたいね。覚えててくれてるの」とそっと耳打ちをして、市場に向かった。
市場で食料品を買い足したあと、宿屋に向かった。宿帳に記帳して部屋に通された二人は、背負っていたリュックを下ろすと、大きく息をついた。
「シア、この前と言ってることが違う」
「え? ハト派議員の演説にありがたいって言ったこと?」
「そう」
苦笑いしているアルドの前で上着を脱いで、ごろりとベッドに転がったシアは、笑い声をあげた。
「私は特定の国や勢力に肩入れしてないもの。極力中立な立場で、それぞれに利益になる形で入れ知恵してる。……知ってるでしょ? 私の本当の目的」
「ベルーセ村で起きた被害を公にすること」
「そう。アルドくんは納得できないかもしれないけど、ハッシャ国って、すでに過去の人権問題でヤハラ国から賠償金を受け取ってるんだよ。もうこれ以上は騒がずに、お互いに未来のことを考えて関係を築きましょうねって」
「そうなのか」
「だからハッシャ国が今も騒ぐことには、正直違和感がある。ヤハラ国から利益を引き出すカードに使ってない? ってね。人権を尊重する国としてのアピールなのかもしんないけど。……アルドくんに、感情を煽る人には気をつけてねって言ったのは、これが理由」
シアは猫のようにベッドの上で伸びをすると、「おやすみ」と丸くなって眠った。
***
ヤハラ国内の世論は、大御所芸術家の盗作問題でもちきりだった。ハト派の新聞はベルーセ村での悲劇を報じているが、タカ派の新聞は盗作問題について報じているものが多い。ヤハラ国のタカ派は産業スパイ対策を進めたがっていたから、その一環なんだろうなと、シアは窓辺でコーヒーを飲んだ。アルドが中庭で鍛錬する様子が見える。
アルドが日課の鍛錬を終えて部屋に戻ってきたとき、客人を連れてきた。ヤハラ国のタカ派議員だ。
「おはよう。朝早くからすまないね。ハッシャ国から戻ってきたと聞いたから」
「おはようございます。……やってくれましたね?」
「いやはや、なんのことだか」
不敵な笑みを浮かべるシアに、タカ派議員はとぼけて、自分の頭をぺちりと叩いた。
シアはじっとりと目を伏せて、唇をとがらせる。
「ベルーセ村の被害よりも、産業スパイ問題の方に、世論が流れてるじゃないですか」
「だって君たち、ハッシャ国に行ったんだろう? だったらヤハラ国としては、内部事情として先に芸術都市ジャンボを処断する方向に進むのは当たり前だよ。……で、ハッシャ国ではどうだった」
タカ派議員はシアの向かい側にある椅子に案内されると、片手をあげて謝意を示してから座った。
「ハッシャ国の議員さんに、ベルーセ村の被害について、話してきました。じきに動きがあるはずですよ」
「そうか。……産業スパイ対策の件、すまないね。ちゃんと君たちにも利があるように動くとも」
「ベルーセ村から略奪されたものが、芸術都市ジャンボで作品化されていたことですか?」
「うむ。まずは国内での産業スパイをなんとかしたいというのが、我々の考えだ。真っ当に努力した者が評価される仕組みでなくては、誰も努力しなくなってしまう。そんなことが罷り通っていたら、国力は低下するだろう」
汗を流したお湯の名残を拭いながら、アルドは表情を硬くしている。
シアは視線をくるりと回した。
「芸術都市ジャンボが、正式に取材をしてくれていれば、なんの問題もなかったんですよ。でも彼らがしたのは略奪ですからね」
「うむ。実に由々しき問題だ。我々も頭が痛いよ。……連中、罪を犯しても作品が面白ければいいと言い出したからな」
椅子に座ったシアの握り拳が白くなる。アルドの目は剣呑な光を宿している。
「ハト派の議員が、ベルーセ村の被害を忘れるなと人権問題の面から話している。最終的にはきっちりと、そこに繋げるさ」
「絶対ですよ!?」
シアがおどけてそう言うと、ヤハラ国のタカ派議員は立ち上がって、シアに握手を求めた。
「承知してるよ。君たちの目的は、闇に葬られそうになっているベルーセ村での事件に光を当て、公的な対応を求めることだろう?」
今まで眉をしかめていたアルドは真顔になると、ゆっくりとうなずいた。




