第五話
ハッシャ国の市場は活気に満ちている。値段を交渉する人々の声が飛びかうなか、シアはこってりとチーズのかかったチキンを買い、かぶりついた。チキンはぴりりとした香辛料に漬け込まれている。まだ少ししおれているアルドに一口勧めると、アルドは小さくチキンをかじった。
突然、市場に怒声が響き渡った。シアはチキンを握りしめたまま、右に左にと背伸びをして、様子を探る。
アルドの背に、どんと小さな衝撃が走った。十歳に満たない女の子が、おびえた顔で二人を見上げた。髪はボサボサで、その顔は煤に汚れている。
「お前、今日の仕事は! サボりやがって! 折檻してやる!」
「……子供だぞ」
アルドは振り返って、少女を追跡してきた男をねめつけた。
「ヤハラ国の奴か!?」
「違う」
「おい、お前! 騙されるな! ヤハラ国の奴は、女子供をさらうんだ!」
市場がしんと静まりかえる。少女が怯えてアルドから少し離れると、男は少女の髪をつかんで、乱暴に引きずり寄せた。
アルドの腕がひゅっと動く。その手には、先ほどシアが食べていたチキンの骨が握りしめられている。にもかかわらず、男は腰を抜かして座り込んだ。
「やめろ」
「お前に何の権限がある!」
「いつでもそうだ。女子供が被害に遭う」
シアからはアルドの背中しか見えないが、彼の静かな怒りが伝わってくる。ベルーセ村の事件で亡くなった母や妹を思い出しているのだろう。
男はじりじりと後退し、ほうほうのていで這いつくばるようにして逃げていった。
「ケガは?」
アルドの言葉に少女がびくりと頭をかばう。痩せこけた腕が見えた。シアは瞬時に察して、近くにあった露店からチキンを買うと、少女に渡した。
市場のざわめきの質が変わっている。これまでシアとアルドを気にせずに話していたハッシャ国の人々は、声をひそめて遠巻きに二人を見ていた。
アルドはチキンの骨を市場のゴミ箱に捨てると、マントをひるがえしながら、その場を立ち去った。シアは少女の頭を軽くなでてから、そのあとを追った。
市場を出て、少し歩いたところでアルドがようやく振り向いた。人の往来の少ない、さびれた街角だ。
「ごめん。俺、護衛なのに」
「力で訴えようとしたのはよくなかったね。まあ、剣じゃないけど」
「……ごめん」
「でもアルドくんの気持ちはわかるよ」
「シアの計画の邪魔になったか?」
体格のいいアルドが落ち込んでいるのがおかしくて、シアは少しだけ笑うと、首を傾げて考え込んだ。
「……ずらかろうぜ!」
満面の笑みを浮かべながらそう言ったシアに、アルドは困惑の表情を浮かべる。
「やっぱり、よくなかったんだな……」
「うん。警戒はされちゃうからね。でもハッシャ国での用事は、もう済んだ。だからさっさとこの国を出よう。ヤハラ国経由でやってきたこととか、ベルーセ村のこととか、ない腹を探られる前にね」
「すまない」
「落ち込むなよー。アルドくんのしたことは間違ってはないよ。人権が大事なら、子供への折檻についても考えろって話だよ。なにより、子供に暴力ふるったのは、あのおっさんじゃんか。あのおっさんにとっては、暴力ふるわれる側の立場を知れてよかったんじゃないの?」
「威嚇しただけだ」
「そう。威嚇で、しかも鶏の骨なのにあれだけ怖がるんなら、自分も折檻なんかしなきゃいいのに。自分がやられると思ってないから、子供に平気であんなことできるんだよ」
アルドの手を取ってぶんぶんと振りながら、シアとアルドは宿に帰る。市場で道中に必要な品を買い求める姿は、デートさながらだ。




