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第四話

 ハッシャ国の議員との会談をつつがなく終えて、シアとアルドはレンガ造りの建物をあとにした。


 アルドがうつむいている。シアはアルドを落ち着かせるように背を押すと、ヤハラ国での動きに思案を巡らせた。


 ヤハラ国の芸術都市・ジャンボで、著名な芸術家の盗作騒動があったという。


 おそらくヤハラ国のタカ派議員が動いた結果だろうと、シアは苦笑した。ヤハラ国のタカ派は産業スパイ対策を進めたがっている。その糸口として、まずは国内の芸術家の盗作問題を表沙汰にしたのだろう。


「私たちがハッシャ国に行くっていったら、急がないとなって言ってたもんね、ヤハラ国のタカ派議員さん」


 宿に戻ってきたシアは、ソファにどっかりと座ると、茶色の髪の毛をわしわしとかき回した。


「ハッシャ国がベルーセ村の被害を政治利用する前に、手を打ったってところかな」

「……なんで、ベルーセ村のことが後回しなんだ」


 落胆した様子のアルドに、シアは肩をすくめて見せた。アルドの握りしめた手が震えている。


「ヤハラ国のタカ派議員さんは、産業スパイ対策を進めたがってた。だから前もって情報を得てた盗作問題を先に表沙汰にしたんだと思うよ」


 帰り道で買った新聞には、ヤハラ国のニュースも掲載されている。シアはざっくりと記事を読んだ。ヤハラ国のタカ派議員のコメントが掲載されている。


 ──産業スパイ問題への対策を進める上で、我がヤハラ国での実態について調査を進めていました。今回公表した芸術都市・ジャンボ出身の芸術家は、駆け出し芸術家の作品を盗み、自分の作品として世の中に公表していました。我が国の芸術にそういったものがあることを、大変遺憾に思います。産業スパイ対策は外国勢力によるものが問題視されていますが、まずは足元を固めるという意味でも、国内での問題を公表することにいたしました。産業スパイ対策に関する法改正を、進めていかねばなりません。


 新聞の知らせるところによると、ヤハラ国の世論はこの不正に大いに憤激し、バッシングが発生しているのだという。


「まいったな。ヤハラ国のタカ派議員さんの方が、動きが早かった。バッシングが発生してるってことは、ベルーセ村の被害より、そっちにヤハラの人たちの目が行ってる」

「ベルーセ村のことは!?」


 珍しく声を荒げたアルドに、シアは静かにうなずいた。


「……悔しいよね。私もだよ。だけど、誰も知らない遠い村で起きた出来事なんて、そういう扱いになっちゃうのかもね。ほんの少し胸を痛めて、ほんの少し同情して、そのあとは忘れちゃう」

「そんなバカな話があってたまるか! じゃあ、さっきのハッシャの議員に……」

「大丈夫。ハッシャ国の議会も、ヤハラ国のタカ派議員も、さらに動くよ。とかげの尻尾切りみたいな形で終わらせるなんて、私が許さない」


 何度も何かを言いかけて飲み込むアルドに、シアは困ったように笑いかけた。


「ハッシャに来て、よかったね」


 ハッシャ国の議会は、ベルーセ村の被害を利用して、ヤハラ国への糾弾を強めるだろう。


 アルドはうつむいて拳を固めると、「どうすればいいんだ」と苦しそうにうめいた。


***


 アルドが朝でもないのに、鍛錬に出ている。よほどやりきれないのだろう。シアは宿の部屋で、ベッドの上に転がりながら考えた。


 ヤハラ国のタカ派が産業スパイ対策に動いた。今、ヤハラ国では駆け出しの芸術家から盗作した大御所の芸術家が、糾弾されているという。


 アルドは怒り、シアも若干いらだったが、よく考えてみれば、そう悪い流れでもない。


 ベルーセ村の歴史書や神話や物語を、芸術都市・ジャンボが略奪の果てに作品化している。ベルーセの人々の歩みを盗まれたも同然だった。ヤハラ国のタカ派が産業スパイ問題に切り込むのなら、この情報も使えるはずだ。


「ジャンボが穏当に取材をしていたら、よかったのにね。略奪だから、問題になる」


 窓から差し込んでくる光を腕で覆って、シアはごろりと寝返りを打った。


 ハッシャ国は過去の人権問題を主張するために、ベルーセ村の被害を必ずヤハラ国に訴えるだろう。シアの見立て通りなら、ヤハラ国のハト派は、ハッシャ国の主張に乗る。


 ヤハラ国のタカ派にもハト派にも、ハッシャ国にも、シアたちは情報と利益を提示した。着々と、芸術都市・ジャンボへの包囲網は完成していっている。


 ヤハラ国のタカ派が産業スパイ問題をベルーセ村の被害にまで繋げてくれるかは若干懸念が残るが、シアたちの情報も十分使い勝手がいいはずだ。


「まだまだ、ここからだね」


 シアはクッションに顔をうずめると、深く深くため息をついた。


「シア」


 少しばかりうとうとしていたシアは、すぐそばから聞こえたアルドの声で目を覚ました。背中側から抱きしめられている。


「おかえり」

「うん」


 アルドはシアの肩口に額を当てたまま、動かない。シアはアルドの頭をなでる。


「……どうしたの?」

「シアの考えが、わからない」

「私の?」

「そう。……ハッシャ国の議員は、ベルーセ村の悲劇を悲しんでくれた。でもヤハラ国のタカ派は、ベルーセ村のことを忘れた」

「アルド、それは違うよ」


 シアがごそごそとアルドに向き直ると、アルドの悲しそうに歪んだ顔がよく見えた。


「ヤハラ国のタカ派議員は、産業スパイ対策を優先したかった。でもそれは、ベルーセ村の被害を隠すことには繋がらない。だって、芸術都市・ジャンボはベルーセ村から略奪した歴史書や神話や物語を元に、作品を作ってもいるんだから。これはそのまんま、産業スパイ問題だよ。……ジャンボが正式に取材を申し込んでいたなら、違った。提携とか協力で済んだ。だけど、彼らがしたのは、略奪だから」

「ベルーセ村の悲劇よりも、産業スパイの方が問題だと?」


 悲しみに唇を引き結ぶアルドの頭をなでて、シアは騎士を抱きしめた。


「繋がってるんだよ。ベルーセ村の被害も、産業スパイ問題も。……まだ繋がりが見えにくいよね。話を聞いても、回り道をしてるように見えるよね。私もそう思う。でも人間は、自分の利益が絡んだとき、一番動くんだ」

「ベルーセ村のこと、ちゃんと公になるのか?」

「そうなるし、そうするんだよ。私たちがね」


 腕っぷしは強いのに子供みたいなところがあるなと、シアはアルドを抱きしめていた腕をほどいて微笑んだ。できるだけ、アルドを安心させられるように。

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