第三話
ハッシャ国の首都について、数日過ごした。シアとアルドは図書館に行き、市場を歩き、ハッシャ国の新聞を読んだ。
「ヤハラ国とは、ずいぶん論調が違うね」
シアはヤハラ国統治下時代のハッシャについて研究していた学者が大学を追われたニュースを見ると、考え込んだ。
ハッシャ国の人々は、ヤハラ国やその統治下時代を嫌っている者が多い。感情としてわからないわけではないが、本来冷静に情報を精査するはずの研究者まで、世論でその職を失うというのは行き過ぎている。
アルドが宿の庭で鍛錬している様子をながめながら、シアはどうしたものかなと思案した。
鍛錬を終えたアルドが、宿の主人を伴って部屋に戻ってきた。
「お二方はベルーセ村からいらしたと、宿帳に書いておられましたね」
「はい」
「ベルーセ村は、ヤハラ国に攻め入られたとか。……ヤハラ国のニュースはハッシャ国にも届いています。そのことについて詳しく聞きたいと、連絡がありました」
ヤハラ国の議会で話したのが、シアだとわかっているのだろうか。いや、単にベルーセ村の出身者なら知っていると見たのだろう。
件の議会について報じた新聞記事には、ベルーセ村からやってきた勇敢な少女の絵が添えられていたが、シアとは似ても似つかない美少女になっていた。おまけにその似顔絵には、滂沱の涙まで流すという演出が加えられていた。人の心を動かすための誇張にしても、度が過ぎる。
宿の主人はアルドにメモを渡した。シアは横から覗き込むと、素っ頓狂な声を上げた。
「議員さんからの召喚ってことですか?」
「お話をうかがいたい……と」
「なるほど。のちほどうかがいます」
宿の主人が部屋を出て行ったあと、シアは気合いを入れるように、自分の頬をぱしんと叩いた。
「アルドくん、今日はハッシャ国のえらい人のところに行くよ」
***
宿を出て、指定された一室に向かう。これまで街中で見たハッシャ国の建物とは、ほんの少し趣が違う。古い建物なのだろう。レンガ造りでどっしりとしていた。
シアとアルドに接触してきたのは、ハッシャ国の国会議員の一人だった。受付で用向きを説明すると、すぐに奥の一室へと通された。
少しして、白髪を後ろになでつけた男性が現れた。ハッシャ国の国会議員だという。
「ようこそいらっしゃいました」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
白髪の議員はゆっくりとソファに腰かけると、アルドに目を細めた。
「見事な筋肉ですな。日頃から鍛錬されているのがよくわかる」
アルドが少し照れて言葉に詰まったので、シアはテーブルの下で、彼の足をちょんと突っついた。
「騎士の務めです」
「有事に備えるのはいいことです。……それで、本題ですが」
白髪の議員はシアとアルドの顔をそれぞれゆっくりと見据えてうなずいた。
シアはベルーセ村が、ヤハラ国の都市・ジャンボに略奪されたことについて、簡単に説明した。ハッシャ国の議員は苦々しい顔になり、涙をにじませた。
隣に座ったアルドの目が潤んでいるのに気付いたシアは、内心で舌打ちをした。素直なところはアルドのいいところだが、利用されてはたまらない。
「ヤハラという国は、変わっていない。我々はヤハラ国に、過去の人権問題について訴えています」
「はい。聞き及んでいます。おそらく私たちを呼んだのは、ヤハラ国の姿勢を問うための情報が欲しかったからですね?」
「我々は人権を大いに尊重する国です。このようなことは、あってはならないんですよ」
熱っぽく語る白髪の議員に、アルドはすっかり感じ入っている。シアはくるりと視線を回してから、切り出した。
「はい。隠蔽されてはたまりません。ですから私たちはベルーセ村の悲劇を公にするべく、動いています。すでにヤハラ国の議会でも話をしました。……もしもハッシャの人々がヤハラ国の過去の人権問題について非難したいのなら……ベルーセ村で起きた事件は、きっと呼び水になるでしょう」
「ほう」
「ベルーセ村に攻め込んだのは、芸術都市ジャンボです。小競り合いがあったわけじゃない。一方的な侵略行為でした。……ジャンボが起こした事件を、もし万が一ヤハラ国が擁護するようなことがあれば……ハッシャ国の人々は『ヤハラ国は昔と変わってないのでは? 同じようなことをハッシャ国でやったではないか。ハッシャのことも、ベルーセ村のことも、しっかりとした対応を求めます』と言える。さっき議員さんもおっしゃっていたように」
シアは話し終えると、乾いた唇を引き結び、こっそりと舐めた。
白髪の議員は腕組みをして、微笑んでいる。
「私たちは、ベルーセ村での被害を隠蔽させないことを第一に考えています。ハッシャ国は、過去の人権問題への対応をヤハラ国に求めている。利害が一致する……そうお考えになったから、私たちをお招きいただいたのではないですか?」
ハッシャ国の議員は小さく笑ったあと、何度もうなずくと「鋭いですね」と言った。
そのとき、部屋に一人の補佐官らしき女性が駆け込んできた。白髪の議員にそっと耳打ちする。
「……ヤハラ国で動きがあったようです」




