第一話
まず対話ありき、と神は言った。
荒野をゆく人影が二つある。一つは甲冑姿の騎士、もう一人はごく普通の旅装をしている。
ごく普通の旅装をした女……シアは荒野の岩陰にある洞窟が見えたところでふと足を止めて、大きく息を吸い込んだ。よく乾燥した砂ぼこりの匂いがした。
「依頼人からの伝言ですー! 強盗行為を、今すぐやめてくださーい!」
大声で伝えて、返答を待つ。少ししてから、ヒュッと空気を切る音がした。甲冑姿の騎士・アルドが瞬時に割って入って、飛んできた矢を剣の一撃で落とした。
「わあ」
荒野の上に尻もちをついたシアを騎士が助け起こす。
「お前らが最初に盗んだんだって聞いてるぞ! それで俺たちの仲間が商売をやめちまったってな!」
シアは肩をすくめると、マントのすそについた砂ぼこりを手で払い除けた。
「それ、情報間違ってますー! まず、私の依頼人であるルチアさんは、あなたたちの仲間、キールさんと商売仲間だったんですよー。情報の交換や商品の融通をしてますー!」
「なのに盗んだんだろう!」
「そこが違うんですよー! 盗んだんじゃなくて、お互い協力してたわけですー! 困ったときはお互い様ってね! 仲がよかったから!」
「仲がよかっただと!? でもショックを受けて商売やめたって……」
「キールさんから直接聞いた話ですかー? それ!」
シアの呼びかけに、洞窟を占拠している武装勢力は黙った。
だよねぇと、シアは苦笑して、畳みかける。
「もし本当にルチアさんが商品アイデアを盗んだんなら、キールさんはルチアさんの商品を認めないはずですー! だけどそうじゃなかった! キールさんは、ルチアさんの商会の品を実際に使って、感想を伝えて、あまつさえ褒めてますー! 本当に盗まれたものだったら、普通はそんなことしないですよねー!? 自分から声かけて褒めるなんて、絶対やんない!」
シアの大声が荒野にこだまする。武装勢力が困惑しているのが明らかだった。
騎士・アルドが抜き身の剣を構えて、一歩前に出る。アルドのマントをシアがぐいっと後ろに引っぱった。
「まだ早いよ」
「でも大抵、こういう奴らは攻撃してくる」
アルドの言葉が完全に終わる前に、ヒュッと空気を切る音が再び聞こえた。飛んできた矢を、アルドが横から素手でつかむ。シアは怯えるでもなく、けろっとしている。
「ルチアさんは、キール商会の品を宣伝してますー! 自分のお客さんを紹介することもしてた! キールさんもルチアさんにほとんど同じことしてますー! 本当に盗まれたんだったら、こんなことしませんー!」
「じゃあ、俺たちが聞いたのは、なんだったんだよ!」
武装勢力のヤケクソじみた声に、シアは苦笑した。
「つまりー! あなたたちは騙されたんですよー! あなたたちに『ルチアさんが盗んだ』って吹き込んだ人、誰ですかー!?」
荒野を吹き渡る風で声がかき消されないように、シアは一度言葉を止めた。アルドのマントがはためいて、地面に落ちた影の形が変わる。
「そいつが黒幕ですー! ルチアさんがキールさんから盗んだことにして、自分が利益を得ようとしたヤツー!」
洞窟の武装勢力がざわつく。これまでニセ情報を信じてルチア商会に強盗行為を働いてきた彼らは、ただの無法者でしかない。彼らの行いは正当な理由のある報復行為ではなく、今や強盗行為に成り下がった。
シアの横で、騎士・アルドが姿勢を正す。甲冑がカチャリと小さく音を立てた。
「お前が黙ってれば、俺たちのしたことはバレねぇな!」
「えー、なんでそうなるー?」
「……正当防衛だな」
アルドはそう呟くと、立てつづけに飛んできた矢を剣で一斉に叩き落とす。
その横で、シアは短く神に祈りを捧げると、荒野にどっかりとあぐらをかいて座った。
「……残念だなー。こんなに話が通じないなんて。今ならまだルチアさん、『ごめんなさい』で許してくれるかもしんないのに」
「連中の強盗行為で大損害が出てる。無理だろ」
「ほんと、残念。……アルドくん、あとよろしくー」
「任された」
アルドはゆっくりと息を吸うと、剣を大きく横なぎに払う。剣は衝撃波を生んで、武装勢力が立てこもる洞窟を破壊した。砂ぼこりが舞い上がって、瓦礫が転がり落ちる音がした。
「いつ見ても、とんでもないパワーだねぇ。……なんで王都の騎士団に就職しないの?」
「シアが無茶するからだよ」
「ベタ惚れじゃん」
「そう」
「えっ、そんだけ!? つれなーい」
「俺はいつでも、シアの騎士だよ」
「やだー、騎士にお決まりの殺し文句じゃん!」
「……口下手で悪かったな」
砂ぼこりがすっかりおさまって、ようやく視界が開けてくる。洞窟の天井がすっぱりなくなっていた。
アルドの一撃を目の当たりにした武装勢力たちは抵抗をやめ、両手を上げてすごすごと出てきた。
アルドが武装勢力を縛りあげる前で、シアは茶色の髪を揺らして、あっけらかんと言った。
「情報の出どころと内容は、ちゃんと確かめないとダメだよ。でなきゃまた騙されることになるからね。……まあ、ちゃんとルチアさんに謝って、償って、出直しな」
シアの言葉に、武装勢力たちは見るからに気落ちして、地面に目を落とした。




