009 -Ritsu-
夜になってもまだ暑い。律は蒼乃と手を繋ぎながら、駅までの道のりを歩いていた。普段は駅から遠い立地を嘆くところだが、今ばかりはそれもありがたい。
「楽しい時間はあっという間だね」
付き合う前と変わらず、律は蒼乃と遊ぶ時間が楽しかった。無意識に手を繋いでない方の手がヘアピンに伸びた。きっちりと収まってくれている。なくさないように気をつけなければいけない。
「蒼ちゃんは今日楽しかった?」
「ええ、もちろん。……また、私とデートしてくれる?」
「うん! しようね、デート。あはは、何だか照れくさいや」
今日に限って信号が赤じゃない。横断歩道を渡って右に曲がれば駅だ。律と蒼乃は方向が違うので、ここでさようならということになる。
エスカレーターのない階段を二人はあわせるように上っていく。
無料シャトルバスと時間がズレていたせいか、駅構内は閑散としている。
手を繋いだままでは改札を通れないので、律と蒼乃は暗黙の了解のように同じタイミングで手を離した。そのまま改札を通る。行き先が異なるので、手は繋ぎ直さない。
「律、今日は来てくれてありがとう。……有無を言わさずホラーを選んだのは謝るわ。ごめんなさい」
「ホラーはまぁ……家で観るくらいなら……。映画館で観るのは本当要相談だからね!」
「なら家で観る用にとびっきりのものを選んでおくわ」
「普通に楽しいやつ観ようよ」
言葉を交わし、蒼乃が天井から吊り下がっている時計を見た。
「そろそろ電車が来るから行くわ。気をつけて帰るのよ、律。家に着いたらちゃんと連絡をちょうだい。……おやすみなさい」
名残惜しさを残しつつも蒼乃は律に背中を向けた。
「あ、蒼ちゃん!」
蒼乃が呼ばれて振り返ったところに、律は体をぶつけた。腕を蒼乃の腰に回す。
「電車、一本くらい見送っても大丈夫だよね?」
蒼乃の腰回りはとても細かった。折れそうと思いながらも、律は抱き締める腕に力を入れた。
「どうしたの、律」
困惑気味の声が頭上から聞こえる。
「電車のことは心配しないで。……何か言いたいことでもあるの?」
言いたいことなどなかった。思わず体が動いただけなのだ。
「えっと……」
ひとまずいったん離れようかと考えたところで、律の体に二本の腕が回された。
「本当はまだ律といたい」
「うん。私も」
「律がそう思ってくれてるなら良かったわ。すごく嬉しい」
小さい声で「律」と呼ばれた。律は呼び声の方へ顔を上げる。整った顔がすぐそこにあった。
そして、顔が迫ってくる。小さな口づけが律の額に落ちてきた。
「!」
「油断してるからよ」
「ここ、駅だよ!?」
慌てて改札の方を向く。二組の家族がいた。
「見てないわよ……きっと」
気にはしていたのか、蒼乃の腕が離れた。律も慌てて一歩後ろに引く。
「嫌だった?」
そんな自信なさげな顔をしないでほしい。
「……嫌じゃないよ」
「良かった」
母親を見つけた迷子のような顔をされては、さすがの律にもクリティカルヒットだった。これが惚れるということか。
「律の方の電車来るでしょ。下まで送るわ」
永遠などない。一秒一秒と時は過ぎていく。止めることはない。律が気がついた時には、電車のドアは閉まるところで、ドアの向こうで蒼乃が手を振っていた。
スマホのカレンダーを開きながら次の約束はいつかなと思った。




