008 -Aono-
夕食の店を選ぶのには困らなかった。律の好きなものを蒼乃が把握していたからだ。もちろん遥も日向も知っている。律の好きな食べ物はハンバーグだ。
だから蒼乃はハンバーグの店を選んだ。値段も手ごろである。律はメニューを見ながら「どれにしようかな」と楽しげだ。
「何で律はハンバーグがそんなに好きなの?」
「ええ、何でかなぁ。母親が作ってくれるハンバーグが美味しいから?」
いつか機会があれば、律の母親からハンバーグのレシピを聞き出そうと蒼乃は心に決めた。
「でもうちって豚ひき肉だけで作るんだよね」
「合い挽き肉じゃないの?」
「うん。昔から豚だけ。美味しいからいいんだけどね」
そうして律は家では食べられない牛肉だけのハンバーグを選んだ。律がデビグラスソースのものを頼んでいたので、蒼乃は和風のおろしハンバーグにした。
「文化祭が終わったばかりなのに、来週はもう体育祭だねー」
テストにぶつけるわけにもいかず、日程を考慮した結果、双方の日程は二週間も間を置かない。今週から大縄跳びの練習が始まる。
「蒼ちゃんはクラスリレーに出るんだよね」
帰宅部でありながら足の速い蒼乃は、クラス対抗リレーに出ることが強制的に決まっていた。メンバーには遥もいる。
「私、応援してるからね!」
「そういう律は障害物競走だったかしら。途中で転ばないように気をつけてね」
別に律が鈍くさいわけではないが、可愛い顔に傷でもついたら困る。
「体育祭の日、天気予報晴れだって。日焼け止め塗らなきゃダメかな」
「まだ日差し強いから塗らないとダメよ。……私が塗ってあげましょうか」
「嫌だよ。自分で塗るから」
拒否られてしまったが、律を照れさせることには成功したので良しとする。
「でも白組だけなんか地味だよね」
他のクラスは、赤組・青組・黄色組と華やかな色がついている。全体で見ればバランスの取れた配色ではあるが、汚れも目立つし質素な色ではある。
「でもハチマキなんて目立たないじゃない? どのクラスもクラスTシャツを着るんだし」
東高等学校では文化祭のためにクラスでオリジナルのTシャツを毎年作成する。それを体育祭でも流用するので、すごく派手な体育祭になるのだ。一年五組はグレーのTシャツだった。何せ文化祭の出し物がお化け屋敷だったからだ。
「ねぇ、蒼ちゃん。体育祭当日さ、文化祭の時みたいに私の髪アレンジしてくれる?」
「もちろん」
蒼乃は律の髪を他の誰かに触らせるつもりなど毛頭なかった。
話をしているうちに、熱い鉄板の上に乗せられたハンバーグが到着する。肉の塊に目を輝かせている律の写真を一枚撮った。可愛い。
「いただきまーす!」
蒼乃も律も高校生らしく食事の写真を撮ったりはしなかった。温かいものを温かいうちに食べるのが流儀とばかりに、ナイフとフォークを手に持つ。
肉汁が服に飛ばないように気をつけながら、蒼乃はハンバーグを食べ進める。半分ほど食べたところで、律が肉の突き刺さったフォークを差し出してきた。
「一口交換しない?」
間接キスなんて、前からよくやってる。なんならこの前、暗幕を運んだ時にもした。しかし、今回の蒼乃はノーガードだったので、ハンバーグを噛む動作を止めてしまう。
「和風おろし味も気になってたんだ」
台詞だけ取れば、美味しいものをシェアしたいという提案に聞こえるものの、実際律を見ると頬を赤くして目を伏せているのだ。ちゃんと間接キスであることを意識している。
蒼乃はいったん落ち着くために、ナプキンで口元を拭う。
「そうね。一口交換しましょう」
平静を装ってフォークの先を口に入れた。続いて自分のハンバーグも一口大に切り、律の方へやる。「美味しい」って小さな声で言う彼女がとてつもなく可愛く見えた。
ハンバーグの塩分が高いせいか、そうじゃないかは分からないが蒼乃の喉はよく渇く。いつもより小まめにグラスに手を出していた。もしかしなくても緊張なのかもしれない。
「美味しかった?」
「うん、とっても!」
律が満足してくれたようで、蒼乃も胸を撫で下ろした。
いくらまだ日が長いとはいえ、外は暗くなっていた。もっと彼女といたい気持ちは存分にあったが、どこかで区切りをつけないといけない。
「そろそろ帰りましょうか」
蒼乃は後ろ髪が引かれる気持ちで言った。




