006 -Ritsu-
「母さん、今日晩ごはんいらないから」
「あら、あんたもいらないの。蓮も外で食べるって言ってたわ」
「なら母さんも父さんと二人で食べてきたらどう?」
律の家は、高校生までの間は外食代がお小遣いとは別に出る。夕食だと千円もらえた。もちろん、毎日もらえるわけではないが、きちんと用途を説明すれば大体もらえる。
「今日は誰と遊ぶの?」
「蒼ちゃん」
律は家に蒼乃を連れてきたことがないし、直接的な面識はないが、仲の良い友人として蒼乃のことをよく話している。……もちろん、今は友人ではなく恋人であることは明かしていない。当分の間は伝えるつもりがない。伝える度胸がないとも言える。
「あまり遅くならないようにするんだぞ」
リビングから父親の声がした。「はーい」と返事をしておく。ちょっと後ろめたい気持ちがあるので、顔は出さない。
お昼を食べ、部屋着から昨日遥に選んでもらったワンピースに着替える。鞄の中身は昨日のうちに準備をした。スマホの電源も問題なし。電車の時刻も確認済み。あとはサンダルを履いて家を出るだけ。
律と蒼乃の家は同じ市内であっても少し離れたところにあるので、待ち合わせは現地となった。
九月なのに日差しは強い。律は家を出ると、日陰を探しながら駅に向かう。
行き先は電車を一つ乗り換えた先にある大型ショッピングセンターだ。映画館も併設されている。このあたりの高校生はみんなここで遊んでいると言っても過言ではない。女の子同士のデートなんて、本来ならこそこそとするものな気がするが、律に関しては隠す必要もなかった。
蒼乃から告白されてちょうど一週間。いろんな人から祝福の言葉をもらった。蒼乃のファンからなにか言われてしまうかもしれないと危惧した律だったが、それは杞憂だったみたいだ。
電車の冷房に慣れてきた頃、最寄り駅に到着した。同じくらいの年齢の娘さんがたくさん下車していく。三連休だから遊びに行く人も多いことだろう。
このショッピングセンター、系列の中では一番大きいらしい。律は入り口にあるフロアマップを確認して、待ち合わせ場所である映画館の位置を覚える。
中はすごく混雑していた。三連休のど真ん中だから致し方ないとは言え、人だらけ。カップルもたくさん見かける。自分もデートに来たんだなと思うと、だんだん緊張してきた。
三階にある映画館に到着した。夏休みは終わったというのに、ここも人混みだった。
エスカレーターから下りたところで、律は鞄にしまっていたスマホを取り出した。蒼乃からメッセージがきていて、『着いた』と短く添えてある。辺りを見回しても分からなかったので、律は彼女に電話をかけることにした。
ツーコールで通話は繋がった。
「蒼ちゃん? 私、今映画館に着いたんだけど、どこらへんにいる?」
『混んでいるからゲームセンターの近くにいるわ。クレーンゲームの……えっとコレ何かしら』
蒼乃が今流行りのアニメのタイトルを口に出す。それが景品になっているクレーンゲームのところにいるらしい。
律は歩きながらゲームセンターの辺りをきょろきょろと見回す。
「あ! 見えた! 蒼ちゃん!」
彼女に手を振る。少し遅れて蒼乃も気づいてくれたので通話は切った。
「蒼ちゃん、お待たせ。結構待ったりした?」
「いいえ。さっき来たばかりよ」
恋人同士のテンプレートみたいな会話をして、律たちは映画館の売店へと移動した。
「律は映画でポップコーンとか食べる人?」
「ううん。いつも飲み物だけ。蒼ちゃんは?」
「私も食べないわ」
律はメロンソーダを、蒼乃はレモネードを注文し、入場ゲートを通った。チケットも蒼乃の電子だったので、律はここまできて、なんの映画を観るのか知らない。デートという単語に踊らされていたせいで、気にすることを忘れていた。
「今さら何だけど、今日ってなんの映画観るの?」
「あら、言ってなかったかしら」
蒼乃は「何を観るかも分からないのについてきたの?」と笑った。そして、映画のタイトルを口にする。それは巷で話題のホラー映画だった。恋愛要素もあるので、カップルに人気だとテレビで誰かが言っていたのを覚えている。
実のところ、律は蒼乃と映画に来るのが初めてである。だから、律の映画の好みについて、彼女は知らないはずだが……。遥の顔が浮かんだ。もしかしたら、裏で何かしら情報のやり取りがあったのかもしれない。
決められた席に二人はつく。律が左で、蒼乃が右の席に座った。
「もしかしてはるちゃんから聞いた? ……その、私がホラー苦手だって」
「聞いたわよ。律はホラー映画でいいリアクションをしてくれるって」
微笑みながら、蒼乃が手を伸ばし、律の冷えた手を握ってきた。恋人繋ぎである。
「これで少しは怖くない?」
「……怖いものは怖い……」
「いくらでも私に抱きついていいのよ?」
映画館自体は家族連れも多かったが、このスクリーンに限っては、やたらと男女カップルが多い。みんな考えることは同じなんだろうか。
「蒼ちゃんは、ホラー平気なの?」
「えぇ、所詮作り物だもの」
「そういやお化け屋敷も平気だったね……」
律のクラスは文化祭でお化け屋敷を開催した。終日、蒼乃は平気そうだった。
しばらくして、館内が暗転した。映画のCMとはいつも長いものだな、と思う。しかし、今だけはCMが長く続いてほしいと律は思う。
冷や汗をかいていたが、蒼乃の手は離さなかった。必ずビビる自信があったからだ。
上映時間は二時間に及ばないくらいだった。よくある上映時間である。しかし、律にとっては倍以上の体感時間であった。
別にわざとではない。可愛い彼女を演じようとか思ったわけではない。律は何度か蒼乃に抱きつき、二度その肩に顔を埋めた。この映画がテレビで放映されても、絶対に観ないと誓った。
「面白かったわね」
律の手を引く蒼乃は満足そうであった。
「今度から映画を観る時は、事前にタイトルの相談をして……」
「はいはい。ごめんなさいってば」
蒼乃が律の栗色の髪に手を伸ばし、よしよしと撫でた。身長は七センチほど蒼乃の方が高い。律の身長は平均値である、蒼乃が高いのだ。
「でも正直、抱きついてきた律が可愛くて、映画に集中できなかったわ」
何でも卒なくこなす蒼乃が、少しばかり頬を赤くして言った。
――可愛い。
律は無意識に思った。
「ねぇ、律。遥とはよく映画観たりしてるの?」
「え、そうだなぁ。そういえば最近は観てないかも……。昔はよく家で一緒に観たりもしてたんだけど……」
そもそも高校生に上がってから、律の家に遥が来たことはなかったかもしれない。
「律が映画を観たくなったら、私が一緒に観るから!」
一生懸命だな、と思う。その想いを重いと感じることはなく、律は愛おしくさえ感じている。
「じゃあ今度はホラーじゃない映画を観ようね。……二人で」
言っておいて照れた。二人、という言葉が特別に聞こえる。付き合うとは言葉に不思議な力を宿らせることを律は実感していた。
「もちろん。浮気なんてしないてちょうだいね」
「しないよー」
どこからどこまでが浮気のラインか分かっていなかったが、調子のいい返事をした。




