056 -Ritsu-
帰りの電車はどこも混んでいた。帰宅ラッシュだから仕方ない。
「律、大丈夫? 変に触られたりしてない?」
「してないよ。無事だよ」
いつもの調子の蒼乃を前にして、微かに緊張が和らいだ。
律は地元を歩く時、蒼乃と手を繋ぐことを恐れた。知り合い、主に元同級生の母親に会った時、気まずいと思ってしまったから。
蒼乃は地元だと言うのに、堂々と手を繋いでいた。なんなら握る力が強いくらい。
「緊張して変なこと喋ったらごめん」
「別にうちの母親も妹も怖くないから」
「あーだめ。緊張する!」
相澤家は目と鼻の先だ。チャイムを鳴らす直前に、蒼乃の手が離れた。
「こんばんは。いらっしゃい」
扉を開けてくれたのは、律の母親とは年齢が離れた女性で蒼乃によく似ていた。
「相沢律です。……今日はお世話になります」
挨拶をして玄関に入れてもらい、思い出したように紅茶を鞄から取り出した。なんて言っていいか考えあぐねていると、蒼乃が「お土産だって」と添えてくれた。
「律。私の妹の緋月よ。中学一年生」
「どうも……」
中学生相手に緊張して感じの悪いやつになる。緋月の方はしっかりしていて、「よろしくお願いします」ときっちり頭を下げられた。
「私の部屋に行きましょうか。お母さん、お風呂は入っちゃって大丈夫?」
「えぇ、私たちは済ませたから好きな時にどうぞ」
蒼乃に連れられて、二階に行く。以前も来たことのある蒼乃の部屋。あの日と特に中身は変わっていなかったが、布団が一セット多かった。
「これは……名目上いるでしょ? 使わなくてもね」
友達として来ていることになっているのだから、同じベッドに寝ますとは言えない。
「律、体冷えちゃったでしょう。すぐにお風呂に入って温まってちょうだい」
着替えは蒼乃が貸してくれた。手際よく準備され、一階の浴室まで案内される。
「そこにあるシャンプー類使っていいから。バスタオルはここね。ドライヤーはそこ」
「う、うん。分かった」
「本当は一緒に入りたいけれど」
蒼乃の顔がすぐそこまで迫る。軽いキスが降ってきた。
「今日は仕方ないから我慢するわね」
仕方なくない日がくるのか……? 修学旅行?
蒼乃が脱衣場兼洗面所から出て行ったので、律は風呂の支度をする。相澤家に来てから怒涛の勢いでここまできた。あとは寝るだけだし、いいかと思う。そしてシャワーを浴びながら〈寝るだけ〉という単語を繰り返した。
「……蒼ちゃんと同じ匂いがする」
蒼乃のシャンプーなんだから当たり前である。風呂に籠っていても余計なことを考えそうだったので、いつもの半分くらいの時間で切り上げた。高そうなドライヤーで髪を乾かし、落ちた髪の毛の掃除をして廊下に出る。
「え」
そこには蒼乃がいた。膝を抱えて廊下に座っていた。
「出てきたの。早いわね」
「部屋で待ってなよ……」
「そうね。律はちゃんと部屋で待ってて」
蒼乃はそう言って、脱衣場に消えた。律は言われた通りに蒼乃の部屋に戻ることにした。
そういえばプレゼントはいつ渡そうなどと考えていると、階段を上ったところで緋月と遭遇した。ちょうどトイレから戻ってきたところらしい。
「律さん。とお呼びしてもいいですか」
「お好きにどうぞ。……私は……緋月ちゃんって呼んでも大丈夫?」
「はい」
下の名前で呼び合うような仲ではないが、蒼乃と苗字が同じなので仕方がない。
「あの……わたし、知ってるんです」
「なにを?」
律が首を捻ると、緋月が距離を詰めた。そして、小声で律に言う。
「お姉ちゃんと律さんが付き合ってること」
「!?」
声を出しそうになって、自分で口を塞いだ。
「お姉ちゃんから聞いてて。その、姉をよろしくお願いします」
「こちらこそ……」
急展開過ぎる。律は部屋に戻る緋月を見送り、蒼乃の部屋に入る。
「いや、言ってよ……」
とんだサプライズであった。




