051 -Ritsu-
終業式。長い校長先生の話を聞くイベントである。もちろん誰一人として真面目に聞いていない。おそらく教員一同も聞いていない。校長先生だって義務感で話しているだけかもしれない。
律は冷たい体育館で冷え切った体を少しでも温めようと、目の前に座る蒼乃の背中をブレザーごしにぺたぺたと触っていた。さすがに千人もいる空間で抱きつくわけにはいかなかった。
蒼乃も列の先頭なので、堂々とこちらを振り向くわけにはいかない。退屈な律は蒼乃の背中に文字を書くことにした。「だいすき」と書いたら、腕が伸びてきて器用に律の手を取る。
ふざけていたら担任の八重樫と目が合ってしまった。口パクで「ちゃんとしなさい」と言われる。
その瞬間、指先をつねられた。律だけが注意を受けたわけではないのに、理不尽だった。
三年生にとって重要な時期なのだから、早く式を終わらせてほしい。ここで風邪なんてひきたくないだろう。とにかく、寒かった。
やっとのことで校長先生の話が終わり、今度は強面の体育教師がマイクの前に立つ。冬休みの過ごし方についてであった。小学生ではあるまいし、言われても守らないことは守らない。
「恋愛など取り締まるつもりはありませんが、本校の生徒としての自覚を持ち、節度ある行動に努めてください」
なぜ、こちらを見て言うのか。確かに節度なんて言葉知らないけど。話したことも授業を受けたこともない先生から認知されているなんて、もしかして職員室で律たちの話が肴にされているのだろうか。
やっとのことで終業式が終わる。後方に出入り口があるので、律と蒼乃が外に出れるのは当分先のことだった。
「長かったねー」
まだ座ったままの蒼乃に後ろから抱きつく。後頭部に頭を埋めたので、シャンプーのいい香りがした。
「蒼ちゃん、あまりあったかくないね」
「しょうがないでしょ。寒いんだから」
凍える二人でなんとかして暖を取る。蒼乃のブレザーの中に手を突っ込むと暖かい。
「蒼ちゃん」
彼女の名前を呼びながら、律は体重をかける。
「あなたたち、そろそろ移動しなさい」
担任の八重樫が側までやってきた。蒼乃はなにも言わずに立ち上がり、律を引き上げる。先生が目の前にいても、当たり前のように二人で手を繋いだ。
「先生も冬休みあるんですか?」
ゆったりと歩き始めながら、律が八重樫に聞いてみた。
「あるわよ。年末年始は先生もお休みです」
「ご実家帰られたりするんです?」
八重樫が一人暮らしなのか、誰かと暮らしているのかは知らない。
「そうね。正月に顔は出しに行くかな」
「お年玉もらえます?」
「私のこといくつだと思っているのよ。もらえるわけないでしょ」
律の姉である大学生の蓮は今年もらえるのだろうか。
「二人は親戚の家に帰ったりするの?」
律は蒼乃と顔をあわせてから、律が先に答える。
「私は一応帰りますよ。二日に。どちらも近所なので」
「うちは帰らないですね。なので、律と初詣に行く予定です」
近所の大神宮に行く予定が立っている。
蒼乃が繋いだ手を引き、律のことを引き寄せる。すっぽりと蒼乃の中に収まった。階段が下りづらい。
「あなたたち夜中には出歩かないようにね」
「しませんよー」
夜遊びをするつもりはないが、火遊びはするかもしれない。
蒼乃からの冷たい視線を感じながら、律は八重樫と世間話をして一年五組の教室まで戻ってきた。
「はい、みんな席ついて」
律も自席に座る。背中にシャーペンを刺されているが気にしないことにした。
「みなさん、お待ちかねの成績表を配ります」
他の高校のシステムは分からないが、東高校の成績表は科目別に百点満点の評価が下される。ここで赤点を取るとまずくて、さらに学年末の成績で赤がつくと終わる。小中学生の通信簿みたいに日常生活の項目はない。
もらう紙もペラペラの細長いもので、律は一学期の成績表をなくしている。
「出席番号順に取りに来てください。難しい方のアイザワさん」
蒼乃が教壇へ向かうので、律もそのあとをついていく。ストーカーではない。出席番号が二番だからだ。
「立派ね」
八重樫が蒼乃に紙を渡しながら言う。文句のない成績だったのであろう。
律は蒼乃と入れ替わるように手を差し出す。
「あなたはもう少し頑張りなさい」
とは言われるものの、全体で見れば悪い順位ではない。そう、英語と公共の数字が物足りないくらい。
席に戻ろうとしたが、腕を引かれる。律は流れるまま、彼女の膝の上に座った。ついでのように手の中の紙も持っていかれる。
「もう少し伸ばさないとね。英語」
「ですねぇ……」
蒼乃の机に置いてある紙を裏返した。学年順位は一位だった。世の中に、一位ってあるんだなと思った。
「蒼ちゃんはなんでこんなに頭いいのにこの学校にきたの?」
「近いから」
「学力で選んでいたら、出会うこともなかったねー」
遥と十年連続で同じクラスになれているのも、蒼乃と出会えたのも偶然の運命だった。その奇跡を感じ取るためか、律を抱きかかえる腕にも力が入る。
「やぁ、りっちゃん、赤はなかった?」
成績表をもらい受け、そのままの足で空いている律の席に座る遥。
「あったらさすがに膝上にはいないよ」
「床よね」
厳しいことを言う彼女だ。
「遥は大丈夫そうね」
「あたし、こう見えて平均以上ですから」
遥が自身の成績表を見せびらかす。三百人以上いるというのに、二桁順位だった。
「でもよかったじゃん。テストもクリア、成績もクリア、無事にデートするんでしょ」
「東京までデートしに行くんだ」
楽しそうに律は答えるが、一時は冷や汗を流しながら勉強に取り組んでいた。
「はるちゃんはクリスマスなにするの?」
「そんなん部活よ、部活。強豪校でもないのにね。そういえば蒼乃。りっちゃんがいつまでサンタさんを信じてたか知ってる?」
「ちょっと、その話はいい!」
「え、聞きたい」
律の口が蒼乃の手によって塞がれる。
「律は純粋だから……小学生を卒業するまでとか?」
遥は爆笑する。笑いを堪えることもせず、右手は人差し指を、左手は全ての指を立てた。
「十五歳だよ。去年まで信じてたんだから」
律の後ろから「えっ?」という驚きの声が漏れる。
「可愛いよね。りっちゃんがサンタさんへのお願いごとを語るものだから、同級生みんなに箝口令が敷かれたの。まぁ敷いたのはあたしなんだけどさ」
「むしろ何で昨年バレちゃったの?」
「律のお父さんがプレゼントを置くところを見られちゃったんだよ」
クリスマスの夜、父親と姉によるバトルが繰り広げられた。蓮は律が大人になるまで騙すつもりだったらしい。
「可愛いよね。制服を着るようになっても、サンタさんに手紙書いてたからね」
「その頃の律を見られないのが悔しい……」
「りっちゃんのおばさんに頼めば、歴代の手紙見せてくれると思う」
なぜ親というのは子供の思い出を長々保管しておくのか。
「律、今年は何をお願いするの?」
やっと蒼乃の手が律から離れる。律は憤慨気味に「頼んでないよ!」と言う。それでも父親は未だに「去年はサンタさんが風邪だったからお父さんが代わりに届けたんだよ」とか言う。もう騙される歳ではない。
「あたしもおばさんと蓮ちゃんからりっちゃんの欲しいもの聞いてきてと言われてるんだ。何が欲しいの? 伝えとくよ」
律だってお年頃である。漫画から服まで欲しいものはたくさんあった。
しかし、蒼乃の前で欲しいものを口に出すのは嫌だった。
「二人はまだクリスマスプレゼントもらってるの?」
「あたしは現金。中一の頃から」
風情がないなと律は思った。
「私も何が欲しいかは聞かれたわよ」
「蒼ちゃんは今年何を頼んだの?」
「図書カード」
現金とほぼ変わらない。なんのヒントにもならなかった。
そう、律はまだ蒼乃へのクリスマスプレゼントを決めきれていない。猶予は刻一刻と切迫していた。




