050 -Aono-
十二月に入ると同時にテスト期間に入った。蒼乃が見る限り、律の様子は上々だった。尻に火がついてから頑張る子みたいだった。
そして、見事に律が全教科赤点を逃れたことを確認し、蒼乃は重くのしかかっていた責任から逃れることができた。自分の勉強は自分が頑張ればいいのだから、そこまで気は重たくならない。
「いやぁ蒼ちゃんのおかげで無事乗り切れたよ」
「律が頑張ったからよ」
どうしてもっと早くにエンジンをかけてくれなかったのかというくらい、今回の点数は高かった。平均点近くまで伸びている。これには担当の八重樫も驚いていて、「頭でも打ったの?」と言っていた。
「清々しいですな」
律の気持ちはそうかもしれないが、場の空気はとても清いとは言えなかった。今日は全校生徒で大掃除をする日である。あたり一面ほこりだらけ。
蒼乃は律と同じ掃除班で、音楽室の担当だった。今は二人で音楽準備室の掃除をしている。蒼乃の中で、以前律が言ったことが渦巻いている。事を為すなら音楽室がいいと。
「一年でこんなに汚くなるかね。これ絶対去年担当だった人サボったよね」
律は真面目に雑巾で棚を拭いている。多分、蒼乃みたいに不埒なことは考えていない。
「中学の時、特別仲の良かった先生って、音楽の担当だったんでしょ」
遥から聞いた話を背中にかけると、律の動かしていた手の動きが鈍くなった。律がチャーハンの作り方を教えてもらったという先生も同一人物だろう。
「まぁ確かに、音楽の先生とは良い関係を築いてたと思うよ」
どうも締まらない言い回しだった。律の動揺が面白くて、蒼乃はつい意地悪をしたくなる。
「何ていう先生だったの?」
「……吉田美樹先生」
「律は何て呼んでたの?」
「…………美樹先生」
やはり下の名前呼びかと、蒼乃は心の中で舌打ちをする。
「八つしか違わなかったんだものね。それは仲良くなっても仕方ないわね」
「仲良くって言ったって……卒業後は一回しか会ってないよ」
その話は聞いてない、聞いてないと蒼乃は目を丸くした。蒼乃の感性からしたら、中学の先生と卒業してからわざわざ会うことなんてことしない。からかうつもりで質問をしていたが、ここからは詰問に変えなければならなかった。
「会うってことは、連絡先交換してるのね」
「まぁ……でも聞いたのは卒業式の後だよ。私以外だって交換してたし……」
「で、いつ会ったの?」
「ゴールデンウィークの終わりだったかな。二人とも誕生日が連休にあったものだから、一緒にご飯しようって」
蒼乃もしていないことを、教師にされていて愕然とする。ショックでもあったし、煮え切らない嫉妬心もあった。
「いや、美樹先生も婚約者いるし、本当になんもないよ?」
蒼乃の前だというのに、未だに名前呼びをすることに少々腹も立ってきた。
本人がどんな言い訳をしようと、日向のお墨付きもあるくらい律は可愛いのである。婚約者がいようとも、その教師が律に対して邪な気持ちを持っていないとは言い切れない。
「私ね、音楽の成績もあまりよくなくて。手がかかる生徒だったんだよ」
律の目が泳いでいる。八重樫以上に、吉田という教師が律の近くにいることは何となく分かった。蒼乃は頭の中で冷静な理論を構築していく。付き合う前の律の距離感、周囲からの愛され具合、友達でもないのに二人で会う関係。
間違いなく――
「手は繋いだことあるでしょう」
蒼乃の言葉に律は「なんで分かったの?」という顔をする。もう少し隠す努力もしてほしい。蒼乃は大きなため息をついた。
「付き合う前のことにどうこう言わないけれど」
言ってるかもしれないけれど。
「律の恋人は私だけだからね。愛人とかなしだからね」
「そんなのないよー」
律が可愛い顔をして笑うものだから、蒼乃は掃除の時間ということを失念した。片手に雑巾を持っていようと関係ない。律の胸ぐらをつかんで自分に寄せ、キスをした。
「蒼ちゃん!?」
「私のこと忘れないで、片時も」
忘れないようにもう一度キスをした。
掃除は全然進まなかった。




