048 -Ritsu-
フードコートでそれなりに時間を潰した。潰したという言い方はあまりよろしくないかもしれない。適切に時間を消費した。
このショッピングセンターから、蒼乃の使う路線は直結しているのだが、いつもわざわざ律を送ってくれる。
手をしっかり握りながら、少しゆっくりめに歩く。帰りはいつもそう。またすぐに会えるのに、途切れることから逃れるように遅くなる。
「蒼ちゃんはバイトするとしたらなにがしたい?」
パチコン屋の前で客引きをしているアルバイトのお兄さんを見て、律は聞いてみた。
「今、するってこと?」
「今でも、大学入ってからしたいものでもいいけど」
蒼乃は真剣に考え始めた。律もなにがいいかなと考える。人見知りだから接客は極力したくない。
「本屋とか。あと大学生になったら塾講とかも考えてるわ」
「おお、教えてもらいたいね」
「いつも教えてるでしょ。律は何をしたいの?」
「うーん。品出し」
「もうちょっと夢のある仕事ないの?」
「だってできれば働きたくないし」
話を振っておいて身も蓋もない。
「大丈夫。律がニートになっても私が養うから」
「今から夢がニートなのはちょっとなぁ……」
寛大な彼女には感謝するが、あまり甘やかさないでほしい。だめになりそう。
「蒼ちゃんはが本屋でバイトを始めたら、本はそこで買うなー」
「律の買う本が全部分かっちゃうわね」
「いかがわしいものとか買えないね」
冗談で言ったのだが、蒼乃は「あるの!?」とすごく食いついてきた。
「ないよ。蒼ちゃんと違って私は純粋なんだよ」
血がドバドバ出るものは読むが、えっちなものは持っていなかった。しかし、蒼乃と付き合い始めて興味が出たのは事実である。買うとしたらこっそり買って、机の引き出しにでも隠すだろう。
「蒼ちゃんの本棚は今度行った時にチェックしないとね」
「どうぞ」
開き直った蒼乃は無敵だった。
「過激なのを用意しておくから、その場で律に音読でもしてもらおうかしら」
「マニアックな趣味をお持ちで……」
話をしているうちに、律が使う路線の駅まで来てしまった。どんなに足掻いてもここでお別れだ。
「また明後日ね」
三連休がくると一日はデートをする。服を選ぶのが大変ということ以外は、楽しい日々だった。
「また」
別れ際、蒼乃が律を抱え込む。キスはさすがにできなくで、これが限度だった。
◆ ◆ ◆
家に帰ると、一番に靴を確認した。姉の滞在について知るためだった。靴はないから、おそらく帰ってきてない。
「母さん」
キッチンに立つ母親に姉と所在を問う。バイトらしかった。
「母さん、お願いがあるんだけど」
クリスマスに蒼乃の家に泊まること、それからプラネタリウムの予約を取ってほしいことを伝える。
「蒼乃ちゃんのお母様と連絡取れる?」
「取れると思うけど、あの、蒼ちゃんはまだ親に私とのこと言ってなくて……」
母親は少し考えてようだが「分かったわ」と言ってくれた。律は少し時間を置いて蒼乃が帰ったであろうタイミングで電話をしてみた。
「蒼ちゃん、もう家帰った?」
『ちょうど今帰って律にメッセージ打ってたところ』
「おかえりー。あのね、母さんに泊まりのこととか話してさ、蒼ちゃんのお母さんに変わってくれないかって」
『分かった。ちょっと待っててちょうだい』
保留にされる。再び彼女の声が聞こえてくることを待っていた律だが、待たされた結果聞こえてきたのは知らない女性の声だった。
『もしもし。蒼乃の母です』
「あっ、えっ、えっと相沢律です」
ものすごく舌が回らなかった。なんと言っていいのか分からず、「あの」という言葉がころころした。
『あなたが律さんね。いつも蒼乃がお世話になってます』
優しそうな声色の人だった。
「こちらこそ……お世話になってます。えっと母に変わりますね」
逃げるようにして、律はスマホを母親に押しつける。
典型的な挨拶で始まって、詳しい事情を律の母親が説明をしていた。最後の方は「えぇ」ばかり繰り返されていたので、どのように話が進んでいるのか律には分からなかった。
「では、今後ともよろしくお願いします」
最後も定型文で終わった。先にスマホが手元に戻ってきた。
「どうなりました……?」
おそるおそる聞いてみる。ノリのいい母は親指を立てた。そのノリのままプラネタリウムのチケットも取ってもらう。
「ありがとうございます! お母様!」
頭を下げておいた。万事上手くいったとご機嫌になる律に、母親は最後の関門を課す。
「クリスマスに出かける、しかも泊るとなったら蓮がなんて言うだろうね」
「黙って出かけるじゃダメかな……」
「どうせ次の日にバレると思うよ」
「だよねぇ……」
心を落ち着かせるためにロック画面の蒼乃を見つめる。その姿を見た母親は少し引いていた。
「あんたも年頃だし、恋人くらいできるって蓮も分かってはいるんじゃない?」
母親は晩ごはんの準備に戻っていく。
「でもー、分かっているからって理解してくれるとは限らないじゃん。お姉ちゃんの中の私はまだ子供なんだよ」
「いいからあんたはいい加減手洗いをしてきな」
小さく返事をして、律は荷物を持って洗面所に行き、そのまま自室に戻った。




