035 -Ritsu-
「着いたー!」
正確には遊園地の入り口手前だった。移動用のゴンドラを降りたので、律的には到着と言ってよかった。
「律」
蒼乃はなにかと律を呼ぶ。枕詞が律なのかもしれない。
「ほら律、チケット買うから」
写真を撮っていると袖を掴まれた。ついでとばかりにエスコートする彼女の写真を納めておいた。
チケットを購入して、やっと正式に入場できた。一度離していた手を絡める。浮かれた気持ちに任せて蒼乃の腕にもへばりつく。
「なにから行く? ジェットコースター系乗るなら食事前がいいよね」
律の案が受け入れられ、初っ端からジェットコースターに乗ることとなった。
「高いねぇ」
コースターのレールが入り口からも見える。たまに叫び声が聞こえてくるのはそこからだろうか。
「大丈夫そう?」
下から蒼乃の顔を覗く。
「平気よ。代わりにお化け屋敷も入るからね」
ファミリー層も訪れる遊園地のお化け屋敷だ。なんとかなるだろうと律は思っている。
「蒼ちゃんはジェットコースターで手上げられる?」
「それは無理……」
「手ぇ繋いでてあげるね」
交わらせている指をにぎにぎとする。
さて、ジェットコースターの乗り位置は後方寄りだった。この手の乗り物は後ろ側の方が怖いと聞いたことがある。
蒼乃は悲鳴をあげないタイプだった。「蒼ちゃん、楽しいね」とかけた声にも答えてもらえなかった。
「飲み物買ってこようか?」
明らかに口数が減った彼女をベンチに座らせる。
「いらないから隣にいて」
腕を掴まれた。大人しく律もベンチに腰を下ろした。いつもとは立場が逆転して、蒼乃の頭が律の肩に乗る。シャンプーのいい香りが漂う。こっちが酔いそうだ。
十一月に入り、季節もやっと秋と言えるようになった。蒼乃の気分も涼しい風が撫でてくれる。
「今度から蒼ちゃんがいる時は絶叫系やめるね」
「大丈夫……ちょっと休めば平気だから」
「そう見えないけどなぁ」
電車でやられた仕返しに蒼乃の鼻を摘む。
「私は別に絶叫系乗らなくても楽しいし、ゆったりしたので行こうよ」
蒼乃の鼻を摘むのをやめて太腿を軽く叩いた。励ましのつもりだったが、細い脚だなとか考えてしまった。
「時間はまだあるし、もう少し休んで元気になったらなにか食べて。それから時間的にお化け屋敷かな。時間があったらフラワーパーク行って、なんか乗れるやつにでも乗って、最後に観覧車」
◆ ◆ ◆
律は悲鳴をあげる方だった。きゃーなんて可愛いものじゃない。「うわっ!」から始まり、最後は「もうやだぁ」と嗚咽した。十六にもなる大きな子供が。
そもそも高校の文化祭レベルのお化け屋敷で声を上げるレベルの律だ。プロが作ったものが怖くないわけがない。
お化け屋敷はストーリー仕立てになっていて、中にはプレイヤーの選択肢によって道が分岐した。最初こそは相談の余地があったが、後半は全て蒼乃が一人で選んでなかなか進まない律の腕を無理やり引いた。
「そこまで怖がりなら言ってくれればよかったのに」
予習不足であった。あとから調べて分かったことだが、ここのお化け屋敷はレベルが高いらしい。
蒼乃がくれたティッシュで鼻をかむ。とても情けない姿だった。
「……でも私は、また律とお化け屋敷行きたい」
「鬼……」
律の怖がる姿が蒼乃には面白く映ったらしい。
「悪魔……」
追加で言っておいた。蒼乃はなんと言われようと気にしないようで、子供をあやすように律の頭を撫でていた。
「映画の時もそうだったけど、蒼ちゃんってホラー系まったく怖くないんだね……」
「作り物だから」
「心霊写真とかは?」
「信じてないわ」
「それなら蒼ちゃんはなにが怖いの?」
蒼乃は撫でる手を止めて考え込む。
「律に……」
「?」
「律に嫌われるのが一番怖い」
人の心が弱っている時になんて可愛いことを言ってくれるのか。
「嫌いにならないよ」
ティッシュはポケットに押し込み、隣に座る蒼乃に抱きつく。
「こんなに人を好きになったことないもの。嫌いになんてならない」
「……そもそも律って人のこと嫌うの?」
「そりゃあ私だって好き嫌いありますよ」
「牛乳嫌いだものね」
牛乳ほど嫌いな人はいないかもしれない。しかし、蒼乃に悲しい思いをさせる人がいたら嫌いになるだろう。
「蒼ちゃん、好きー」
安心してもらおうと想いを口にする。あまりにも人が多過ぎてキスができないことがもどかしい。
「私も好きよ」
端から見ればバカップルである。女子高生が抱き合いながら笑っている。見る人が見ればとても尊いものに見えよう。
「次はフラワーパークだったかしら」
「その前にソフトクリームが食べたい」
目先にソフトクリームの模型があった。律はあれを見る度に食べたくなる病にかかっていた。
「買ってくるからここで待っていて」
蒼乃が立ち上がり、腕の中が寒くなる。そろそろソフトクリームを外で食べるのも辛い時期になるかもしれない。
「バニラとチョコにしたけど、どっちにする?」
律はバニラの方を選んだ。蒼乃がチョコを好きだからだ。
「牛乳は嫌いなのにソフトクリームは平気なのね」
乳製品にかぶりつく律を見て蒼乃は分からないという顔をする。
「牛乳とソフトクリームは別ジャンルだよ。生クリームだって好きだし」
蒼乃は首を傾げた。
「トマト食べれないけどケチャップはいけるってやつだよ」
「それはなんとなく分かるけど」
律が食べているソフトクリームに蒼乃が齧りついた。クリームに食べあとが残る。飲み物と違ってはっきり残るので、口を重ねるのを戸惑わせる。
「こっちも食べるでしょう」
なにも考えずにチョコのソフトクリームに食いついたので、見事にはみ出た。
蒼乃が新しいティッシュを取り出し、律の口元を拭う。
「子供みたい」
「彼女には言われたくないセリフだ……」
アイスを食べて体が冷えたからか、涼しく感じていた風が肌寒く感じるようになってきた。暖を求めるように片手を蒼乃に伸ばす。しかし、蒼乃の手も冷たい。
「もしかして寒いのにソフトクリーム付き合ってくれたの?」
「そんなことないわよ。でも体が冷えてきたのは確かね。そろそろ歩きましょうか」
手を引かれる。おそらく遊園地内のマップも暗記している蒼乃が歩き始めた。




