031 -Ritsu-
月曜日の一時間目は数学Ⅰである。中間テストの返却がある。律と蒼乃が、負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くと約束した勝負がそこにはあった。
正直、律は大して気にしていなかった。することをした後でもあるし、大抵のことはこなせると思っている。それに数学であれば負けない自信があった。
出席番号順にテストは返却されるので、蒼乃、律の順で返ってくる。
あいざわーあいざわーと先生が連呼する。律も蒼乃も自分の点数は見ないようにして自席に帰ってきた。
「じゃあ、いっせーの」
律は『91』点、蒼乃は『91』点。まさかの同点で、二人は顔を合わせて笑う。
「引き分けの時のルール決めてなかったね」
「そうねぇ。じゃあお互いに一個ずつお願い事をするのは?」
「いいよ。と言っても思いつかないなぁ」
蒼乃のことだから、律が頼めば大抵のことはやってくれるだろう。
「ひとまず保留で」
「それなら私も保留にしてもらおうかしら」
テストに顔を落とす。失った九点がなんなのかを探る。ケアレスミスが一つあった。ちゃんと見直しができていればプラス二点だった。
数学というのは苦手科目となりがちであるからして、返却にも他の科目より時間がかかる。数学担当の先生が多弁なせいでもある。
律はテストを裏返し、後ろに振り向いた。蒼乃は机の下でこっそりとスマホをいじっていた。
「ぁ、いけないんだ」
律が指摘すると蒼乃は悪びれる様子もなく、「暇だから」と答えた。
「なに見てたの?」
「律の写真」
ぶれない彼女だと思った。律自身、そこまで写真を撮られている自覚がない。いつどこで撮っているのだろうか。
「何も言わなくても、律の写真が送られてくるのよ」
「なにそのシステム。怖いんだけど」
でも確かに、律の元にも遥や日向から蒼乃の写真が定期的に送られてきていた。
「写真と言えば、蒼ちゃんは写真写りがいいよねぇ。どの写真見ても美人さんだ」
「律だって可愛く写ってるでしょ」
「それは蒼ちゃんの彼女フィルターだよ」
この学校ではミスコンはないけれど、あったら間違いなくうちの彼女だなと律は思っている。これは彼女フィルターを通しているわけではなく、付き合う前から思っていることだ。
「律ってあまり自分を客観視できてないわよね」
「なんの話?」
「いいの。私はそんな律を好きになったから」
授業中に「好き」なんて言われると思っていなかったから、律の思考が止まる。
「もちろんどんな律でも好きだけれど」
二回も言われた。うっすらと隣の方からも視線を感じた。数学の時間に何やってんだと思われている。
「好きの安売りはよくない」
「安く感じる?」
「まったく……」
蒼乃の言葉にはいつも一定以上の重みを含んでいる。
律が椅子の背もたれにひっかけていた指先が、蒼乃に掴まれる。
「律ちょっと爪伸びてる」
「ぅ……帰ったら切るよ」
手を引っ込めようとしたが、しっかりと握られていて離れられない。
二人で数学に関係ない話をしていると、後方、つまり黒板の方から声がした。
「おい、アイザワ。暇してるなら、この問題解いてこい」
首を捻り、先生に聞く。
「どちらのアイザワですか」
「二人ともだよ。二問あるから好きな方を解け」
律と蒼乃は揃って席を立つ。さすがに授業中なので手は離した。
黒板の問題を見る。どちらもテストで出た問題だった。
「蒼ちゃんどっちがいい?」
律はどちらでもよかったので、蒼乃に選択権を譲った。
「それならこっちで」
蒼乃は左側の問題を選んだ。
チョークは折れていた。チョークを掴むのはわりとよくあることだった。数学と英語で教壇に立つことが多い。数学はできるからいいけど、英語は分からないことを前提として呼ばれているので嫌だった。
あとみんなに字を見られるのが嫌だ。黒板に書く時はなるべく気をつけるものの、綺麗にはならない。
今回は隣に蒼乃の綺麗な字が並ぶのだから、なおのこと汚さが目立つ。
「二人とも正解。間違えたやつはちゃんと写しておけよ」
蒼乃が先に戻れと律の背中を叩く。クラスメイトは黒板の文字より、二人に注目しているようだった。
「秀才夫婦だな」「いや、簡単な方のアイザワは英語ができないだろ」
事実だが失礼な話が聞こえてくる。
「言われてるわよ。律」
蒼乃が珍しくからかうように言う。なにかを予言していたのかもしれない。




