003 -Aono-
八月の下旬、夏休みの最中、宿題をすでに終えた相澤蒼乃は登校していた。九月頭に開催される文化祭の準備のためだ。
少し早めに来たので、蒼乃は席に座って冷房の風に当たっている。夏と冬の時期は自転車通学が堪える。
「あっつー! あ、おはよう。蒼乃」
「おはよう、遥」
同じく自転車通学組の小谷瀬遥が教室に飛び込んできた。
「律と遥って幼馴染なんでしょ?」
「ん? そうだけど」
遥は蒼乃の隣の席に座る。クーラーの風だけでは物足りないのか、遥はスカートをパタパタとする。「はしないわよ」と蒼乃に注意されるも、教室に二人しかいないからかやめる気配はない。
「あの子はバス通学でしょ。遥は何で自転車通学をしてるの? 坂道大変なんじゃない?」
「大変だけど、筋トレになるからね!」
遥はバスケットボール部に所属している。この学校の部活動はあまり成績がよろしくないが、意欲的な生徒は多い。
「あたしも雨の日はバス使うよ? さすがにカッパ着てまでは乗らないよ」
蒼乃も雨の日は徒歩になる。傘をさして歩くのはだるいが、カッパはやはり着たくない。
「今日って律も来るのよね。もうすぐ来るかしら」
昨日、律とやり取りをしたメッセージを開く。確かに今日の文化祭準備に参加すると書いてある。
「蒼乃ってさ」
スカートをパタパタさせるのをやめ、椅子を横に寄せてきた。パーソナルスペースが広めな蒼乃は、避けはしないが少し身を固くした。
「りっちゃんのこと好きなの?」
スーッと体全体が凍る感覚に陥る。蒼乃のイメージである〈余裕のあるお姉さん〉から〈余裕〉がなくなった。
「やだなぁ、そんな怖い顔しないでよ」
遥はいつも通り人懐っこい笑顔を浮かべ、蒼乃の肩を叩く。
「誰にも言わないって」
「何で。分かったの?」
誤魔化すこともできたかもしれない。しかし、余裕をなくしている蒼乃には自分のミスを探す方が優先された。
「私、態度に出てた?」
「いーや。仲の良い友達を演じられていると思うよ」
「じゃあ何で?」
「女の勘ってやつ?」
蒼乃は疑わしげに遥を見る。遥はそんなこと気にする素振りも見せず、話を続けた。
「りっちゃんって男女問わずにモテるからうかうかしてると誰かに取られちゃうよ。それこそ中学の時にはファンクラブあったからねー」
「何それ!? 聞いてない!」
思わず蒼乃は身を乗り出す。それから距離が近かったと思い、椅子をずらした。
「りっちゃんはファンクラブのこと知らないもの。非公認ってやつ」
納得は行く。律はとても可愛いのだ。本人に自覚がないところがまたずるい。性格も温厚で、人当たりも良い。モテないわけがない。そんなことは蒼乃も承知していたが、ファンクラブの存在は聞いていない。
「もしかして今もファンクラブあったりする?」
「えーどうだろう。中学の方は分からないけど……、高校では今のところないんじゃない? でも文化祭に告白しようって輩はいると思うよ。具体的に誰とは言わないけど」
遥は思わせぶりな言い方をしながら、一枚のチラシを鞄から取り出す。文化祭の後夜祭で行われる名物告白コーナーの募集チラシである。
「なにこれ」
学校中に貼られているものであるが、蒼乃は興味を持っていなかったので内容は知らなかった。
「簡単に言えば全校生徒の前で公開告白する的な?」
「公開処刑の間違いじゃないの……」
「いや、あたしもそこは否定しないけどさ。ほら、りっちゃんって流されやすいと言うか、押しに弱いじゃない? 誰かに取られる前に外堀は埋めといた方がいいんじゃないかなぁって」
律が誰かに告白されるシーンを想像する。吐き気がした。律が自分以外の誰かと付き合うなんて冗談じゃない。
「どうして遥は私の味方してくれるの? 女の子が好きだなんて気持ち悪くない?」
「気持ち悪くなんてないよ。それにあたしたち友達じゃん」
この想いのことを誰かに話したことなどなかったので、蒼乃は面を食らう。遥は良い人だ。
「なによりも幼馴染のりっちゃんが変な男に捕まるくらいなら蒼乃がいいなーって」
良い人、なのだろうか。もしかしたら愉快犯かもしれない。
「頑張れー、蒼乃」
不本意な形であれど、遥の言葉は蒼乃の背中を押すこととなった。




