028 -Aono-
テストが上手くいったら誘おうと思っていた。結果的に、首尾よくいったと蒼乃は思う。
テストが返却されるのは週明け。この先地獄を見る者だって、今日くらいは爽快な気分であろう。
「英語どうだった?」
最後のテスト科目が大穴の英語だった。蒼乃は期待を込めて律に聞いてみた。
「それはもう来週考えることにしたよ」
律は開き直っていた。蒼乃的にはそこまで難易度の高い問題ではなかったと思う。
「ねぇ、律。今日はもう終わりだし、用事がないならうちでお昼食べていかない?」
「え、いいの? 行く行く」
蒼乃は二つ返事でオーケーした律を引き連れて、昇降口へ向かう。帰る人だったり、部活に行く人だったりで賑わっていた。
「アイザワ夫婦だぁ」
犬が歩いていて「犬だぁ」というのと同じテンションで、知らない人に言われる。目が合う。二年生の先輩らしい。
「まだ付き合ってるの?」
蒼乃は失礼だなと思いながら「はい」と返した。
「いや、ごめんごめん。こいつがこの前振られたからさ」
話しかけてきた先輩の隣にいるのは、同じく後夜祭でカップル成立となった先輩だった。
「お幸せに〜」
振られた先輩はとても気まずそうな顔をしたまま去って行った。
「律はお昼何食べたい?」
「蒼ちゃんの手料理とか?」
冗談なのか本気なのか分からない。律はそんなことをよく言う。多分冗談と取られても取られなくてもどっちでもいいのだろう。
「料理作るとして、何でもいいの?」
上履きからローファーに履き替え、駐輪場に向かう。
「辛いものはやだなぁ」
自転車の鍵を開けながら、何を作ろうか考える。まず冷蔵庫に何があったか思い出す。
「本当に作ってくれるの?」
自分で言ったくせに律が今さら驚く。
「凝ったのは作れないけど。ちょっと自転車押してくれる?」
律に自転車を押し付け、蒼乃はスマホで『昼ごはん レシピ』と調べてみる。卵は確実にあったから、卵料理は作れる。
「チャーハンでいい?」
「チャーハン好き!」
自転車を受け取り、いつもの場所でサドルに跨った。もはや律も何も言わずに乗ってくる。ずいぶん悪さにも慣れたものだ。
「この辺ってお巡りさんいないよね」
後ろから律が話しかけてくる。
「交番もないからじゃない」
「そっかー。二人乗りするには都合がいいけど、何かあった時は困るね」
出来れば人生でお巡りさんのお世話になる機会に巡りあいたくはない。
「蒼ちゃんの家に行くのもなんだか初めてなんだよね」
「そうね。普段は誰かがいるから」
「…………今日はいないの?」
「いない。やっぱり帰る?」
「帰んないよ」
律の腕が急に巻きついてくるものだから、バランスを崩しかける。
自転車を漕いでいるだけなのに、鼓動が速い。
ネギが家にあるか分からなかったので、途中のコンビニで買い物をした。律がいつ食べるかわからないお菓子も買う。
いつもはあっという間に着く家が今日は遠い。
蒼乃の家は開発された住宅街にある。周りは戸建てだらけで学校より高い建物がない。
「もうそろそろ着く? なんかネギ握ってるの恥ずかしいんだけど」
「もうすぐそこだから我慢して」
蒼乃が言う通り、すぐに着いた。二階建ての木造住宅だ。中には誰もいないので、持参している鍵で玄関を開ける。
「どうぞ」
「……おじゃまします」
さすがの律も少し緊張している様子だった。やっと二人きりになれたところで、蒼乃は律に抱きつきたかったが我慢した。欲望を飲み込み、手洗いをしてエプロンを被る。
手伝ってもらうほどの料理ではないので、律にはリビングのソファで待っててもらう、はずだったのだがキッチンに入ってきた。
「料理してる蒼ちゃんを見たくて」
「別に面白いものなんてないけれど」
手持ち無沙汰そうだったので、律には冷凍庫から取り出したご飯を電子レンジで解凍してもらう。
その間に蒼乃はネギを刻み、チャーシューの代わりにソーセージを切り、卵をといた。
「中学の時さ、仲の良い先生がいてチャーハンの作り方を教えてもらったんだよね。でも、結局自分では作らなかったな」
「……その先生っていくつ?」
「え、今いくつだ。新任だったから二十四かな」
「女の人?」
「うん」
性別は大した問題ではない、というか女でも男でも問題なのである。
「青少年健全育成条例って知ってる?」
「何、テストの話?」
「なんでもないわ」
蒼乃はコンロの火をつけ、ネギとソーセージを炒めていく。
律は他人からの好意に疎いのだと思う。たまに蒼乃自身の好意をしっかり受け取られているか不安になる。
「ご飯入れて」
「はいはい」
米をほぐすことなく、塊のまま突っ込まれる。本当に普段から料理をしていないのが分かった。
卵を入れて強火で炒めたら完成だ。とんだ手抜き料理だけど、律は拍手で褒め称えてくれた。
そこそこパラパラになったチャーハンと麦茶を持って、ソファに移動する。
なんとなく無音が嫌だったので、テレビをつけて普段見ることのないお昼の番組を流すことにした。
「美味しいよ、蒼ちゃん」
「それはよかったわ」
「みんな料理して偉いなぁ。はるちゃんも自炊してるみたいだし」
遥からシングルマザーであること、母親が多忙なことは聞いている。そして、つい先週に律が遥の家に行ったことも知っている。隠されるよりは教えてもらった方が嬉しいが、羨ましくて仕方がない。
「律は料理しないの?」
「蒼ちゃんがしてくれるじゃダメ?」
ダメと言いづらい聞き方をしてくる。ずるい。
「私は律と一緒に料理がしたいけど」
「それなら助手を頑張るかー」
お昼の番組は観光情報ばかりだった。行き先もここからは微妙に遠く、もう少し歳をとるまで律と行くことはなさそうだ。
「ごちそうさまでした」
律は米粒もみじん切りしたネギも残さずに完食した。チャーハンのコショウが少し多かったのか、先程から麦茶もよく飲んでいる。
そこで自分も同じくらい麦茶を飲んでいることに気がついた。
緊張して喉が渇いているだけだった。
「お皿洗ってきちゃっていい?」
「うん」
蒼乃はいったん律から離れた。器を下げ、シンクに置き、蛇口から水を出す。
不埒なことを考えていたら、スポンジに洗剤を出し過ぎて泡がもこもこすごいことになった。
どんなに平静を装っていても、心臓が強く波打つ。家族がみんな出かけた状態で、帰ってくるのも夕方遅くで、そんな家に恋人と二人きりである。健全であれと言う方が無理な話だ。
「律、二階に私の部屋があるから先に行ってて。ドアに名前書いてあるからすぐ分かるわ」
後ろからぎこちない「はーい」が聞こえた。律の足音が遠ざかっていく。
シンクの中を覗き込むように下を見つめながら、蒼乃は深く息をついた。




