025 -Ritsu-
勉強の後は三日後に迫った姉への誕生日プレゼント選びだった。
「お姉さんはどんなものが好きなの?」
「えー……私?」
冗談で言ったら、蒼乃が嫌そうな顔をした。
「派手なのは好きじゃないかな」
律からもらったものであれば、本日の主役タスキでも喜ぶと思うが。
「お姉ちゃんも大学生だから、なにかいいものはあげたいんだけどなにがいいかな」
「大学生らしいものってこと?」
「そうそう」
二人で手を繋いで歩きながら、律は漠然的なイメージを伝えていく。
と言っても、大学生らしいものが律には分からない。かく言う姉も制服を着なくなり、たまに昼間も家にいるようになっただけで、高校生と大した違いはない。
「コスメとか?」
しかし律も蒼乃も詳しくない。二人とも化粧をしなくとも困る顔でない。蓮ももれなく同じである。化粧はするものの、あまり興味を示していない。
いろんな店が入るショッピングセンターの中を目的なく歩く。
「律、ちょっといい文房具とかどう?」
本屋に併設されている文房具屋の前で蒼乃が言う。それはいいと思い、律は中を見ることにする。
「万年筆とかかっこいいよね」
見た目に走りがちな律はショーケースに入っていた万年筆に食いつく。
「かっこいいけど、普段遣いを考えるならこっちのボールペンの方がいいんじゃない?」
冷静な蒼乃の考えには一理ある。
「ボールペンも百円で何本も入ってるものから、五万円もするものもあるんだねぇ」
さすがに百円もしないものとは書き心地が異なるだろうが、五万の価値が律には分からない。
「お姉さんの好きな色は?」
「……なんだろう」
いつもかまわれてばかりなので、あまり姉のことを知らない。なんなら姉の部屋にも入ったことがない。入っちゃだめとか言われているわけでもないのだが、入る機会もなかった。
「ちなみに蒼ちゃんって何色が好きなの? 持ち物には青が多いけど」
「栗色」
「それって私の髪色ってだけでしょ」
「バレた?」
息をするように嘘をつくな。
「好きな色ね……結局青になっちゃうのかしら。暖色よりは寒色が好きだし。律は?」
「私? そうだなぁ、白かな。スマホも白だし」
青と白を足したら水色になるなと考えていると、水色のボールペンが目に留まる。値段もまぁ妥協ラインであろう。
「これにしようかな」
律が言うと蒼乃が口を出してきた。
「ねぇ、私も半額出していい?」
「いやいや、なんで姉のために蒼ちゃんが払うの?」
「律のお姉さんってことは、私のお姉さんでもあるでしょ? 律と私からのプレゼントということで」
確かに結婚できたら、そういうことになるけれど。
「無理に言ってるんじゃないの。ただ私の気持ちの問題で……」
「分かった。半額出してもらおうかな」
蒼乃の顔が煌めく。お金出すだけなのにそんなに嬉しいのだろうか。
「その代わりこの後タピオカ奢らせて」
「どうして?」
「私の気持ちの問題で」
申し訳なさもあったし、思ったより買い物が早く片付いてしまったからだった。
律は店員さんに頼んでショーケースの中のボールペンを取り出してもらい、ラッピングしてもらう。ラッピングには少々時間がかかるということで、本屋にきた。漫画の続編が欲しい。
お目当てはまだ新刊コーナーにあった。一冊手に取ると蒼乃が表紙を覗いてくる。
「面白いの?」
答えに悩んで無難な回答をする。
「私は面白いよ」
しかし、万人受けしない作品であった。如何せん、人が多く死ぬような題材であった。日常にはないそのスリルが律の琴線に触れたのだが、嫌な人からしたらとことん嫌なジャンルであろう。
「今度読みに行ってもいい?」
「それはもちろんいいけど……。蒼ちゃんが面白いかは分からないよ?」
「律の好みを知りたいだけだからいいの」
このシリーズだけで好みを決めつけられたら、律の思考はなかなか倒錯的なものになってしまう。
漫画を購入し、ボールペンを受け取る。
「蒼ちゃんは買うものとかないの?」
「今は買うものないかしら。この前まとめて買ってしまって」
「そうなんだ。どんなの読むの?」
「流行りの小説かしら。ほら、あそこでコーナーになっているような本」
売れ筋の本は一番見える位置で山になっていた。律もタイトルを知っている本が何冊かあった。
「最近はなに読んだの?」
律が何気なく質問すると、蒼乃は少しだけ気まずそうな顔をした。そんな顔をされては、なおさら気になってしまう。
「なに、なに読んだの?」
律はちょっと面白くなって、蒼乃の腕を引きながら追求する。
「……女性同士が恋愛する本」
「ほう」
蒼乃が照れるものだから、律は興味の方が先頭を走る。
「なんていうやつ?」
最初は口籠っていた蒼乃も、律に迫られてタイトルを口にした。しかし、律の聞いたことのないタイトルだった。仕方なしに調べようとしたら、「調べるなら帰ってからにして」と言われてしまう。
「ほら、タピオカ奢ってくれるんでしょ」
ぐいぐいと引っ張られる。
「タピオカ食べるのも久しぶりかも」
律は特別タピオカが好きなわけではない。最後に食べたのは中学生の時かもしれない。
「私も卒業以来食べてないかも」
毎度注文で悩むのだ。甘さとか標準が分からない。
注文はタッチパネル操作だった。二人でわいわいと操作しながら注文する。甘さは適当に選んだ。
「そういえば、蒼ちゃんは紅茶二杯目になっちゃったね」
「いいの。紅茶好きだから」
「大人だなぁ」
お子様な律はフルーツティーを選んだ。ピーチである。蒼乃は迷わずストレートティーを選んでいた。甘さもゼロだった。
太いストローでタピオカを啜る。懐かしい味がする。
まだゆっくり話したいという気持ちはお互いあったため、店内で腰をかける。しかし、カウンター席はなかったので向かい合う形になった。空いた右手が物寂しい。
「律の一口ちょうだい」
間接キスで照れるほどの間柄ではないが、こう意識してしまう。律たちはお互いの飲み物を交換した。蒼乃のは全然甘くなかった。これが甘さの差か。
帰ってきた飲み物。ストロー。蒼乃が口をつけたストロー。気にしたらいけない。
甘い液体を飲んだ。さっきより味がしない。
「お姉さんのプレゼント買えてよかったわね」
「うん。これで当日泣かれなくて済むよ」
一安心だ。何で水色にしたのか聞かれたら「なんとなく」と答えよう。
「蒼ちゃん、ありがとうね。勉強も教えてもらったし、プレゼントまで買ってもらっちゃって」
「私は今日律に会えてそれだけで嬉しいから。勉強だっていつでも教えてあげる」
「じゃあ今週の放課後は付き合ってもらおうかな」
「いいの?」
「や、勉強するだけだよ。そんな嬉しそうにしないで」
本当に蒼乃は律のことが好きなのだと実感してしまう。ちょっとこそばゆい。
「律。一個勝負しない?」
「え、テスト? やだよー、蒼ちゃんの方が点数いいんだからさぁ」
「だから数学でいいわよ。数学Ⅰで勝負しましょう」
明らかに律に有利な勝負であった。
「それならいいけど……何をかけるの?」
「無難なのにしましょう。負けた方が勝った方の言うことを一つ聞く、でどう?」
無難の基準が分からない。
「いいよ。でも十万寄越せとか言われても払えないよ」
「そんなお願いするわけないでしょう……」
「私がしたらどうするの?」
「その時はこっそりアルバイトでも始めるわ」
今まで大きなテストは二回あったが、どちらも律の方が高得点を叩き出していた。蒼乃に勝てるのは数学か国語くらいなので、よく覚えている。
「蒼ちゃんは私に何をお願いしたいの?」
「それは秘密」
基本的に蒼乃のお願いであれば受け入れるつもりだ。わざわざ言う通りにさせたいというのは、どんなものなんだろう。
◆ ◆ ◆
律は家に帰って、自室で思い出したように蒼乃に言われた本のタイトルを調べた。
女の子と女の子がえっちなことをする本だった。




