021 -Ritsu-
夕飯がそろそろ出来上がるよと母親が知らせにきた。ずっと律と蒼乃は密着していたので、階段の音を聞いて慌てて離れた。
母親が出て行った後、律も部屋を出ようとしたら蒼乃に手を引かれた。何かと思って振り返ると、軽く触れるように唇にキスをされた。
「今日はもうできないでしょう。だから最後に」
顔が熱くなるのを感じる。蒼乃は顔色を変えていない。そんな真似をできるようになるのはしばらく先だろう。
蒼乃を連れて階段を下りる。肉を焼くいい香りがする。
ダイニングに行くと三人分の食事が七割ほど用意されていた。
「律、ご飯よそっておいて」
「それなら私が……」
「いいのいいの。お客様は座ってなさい」
居場所を探しがちな蒼乃を席に案内する。
「蒼ちゃんってご飯どのくらい食べる?」
「お茶碗に軽くよそるくらい?」
律はお客様用のお茶碗に炊きたての米をよそい、蒼乃に見せる。「そのくらいで」とオーケーが返ってきたので食卓に並べた。自分の分はもう少し多くよそる。母親は蒼乃と同じくらいでいいか。
ハンバーグと野菜が乗った大きめのお皿が最後にやってきて完成。
律も蒼乃の横の席に座った。
見えないテーブルの下で蒼乃の手が触れる。恋人の母親を目の前にしているせいか、先程とは違い手先が冷たくなっている。
「蒼乃ちゃん、遠慮しないで召し上がれ」
「いただきます」
蒼乃はしっかりと手を合わせると慣れない箸を手にした。ハンバーグを食べにきたので、最初の一口もハンバーグである。
「美味しいです。お義母さん」
さりげなく「お義母さん」呼びをしていることに、律も母親も気づかなかった。
「そりゃよかったわ。おみそ汁とご飯ならおかわりあるからね」
「ハンバーグは?」
律が聞くと母親は即答で「ないよ」と返した。
「蒼乃ちゃんは家で料理するの?」
母親なりに気を使って蒼乃に話しかけている。
「土日は母親と一緒に作ったりしますね」
「それは偉い。うちの子とは大違いだ」
「律、お料理しないの?」
「……レシピを見れば作れるよ」
お手伝いはあまりしない方であった。
「うちの子、学校でどう? ちゃんと片付けできてる?」
「あー……」
上手い言葉を探そうとする蒼乃。態度で律の生活態度がバレてしまう。
「あんたね、学校でくらいちゃんとしな。見られてるじゃないの」
「だって」
だってじゃないと怒られる。
「蒼乃ちゃんは勉強できるんだってねぇ。爪の垢を飲ませてやりたいよ」
「まぁでも数学だけは律の方が私より上ですし」
「それで英語を赤点取ってきちゃ意味ないわね」
さっきからおっしゃる通り案件なので言い返すことができない。
結局夕食の間、律は肩身の狭い思いをしたのだった。
律と蒼乃で食器を下げた後は、お待ちかねのケーキタイムだった。律と蒼乃は紅茶、母親はコーヒーを入れる。
「モンブラン、どうぞ」
蒼乃が皿に取り分けたモンブランを律の母親に渡す。
「ありがとう、ここのモンブラン好きでね」
律には約束通りショートケーキが置かれた。蒼乃はチョコケーキだった。そっちも美味しそうだなと見ていると、蒼乃が「一口食べる?」とケーキを差し出してきた。
「ありがとう」
さすがに親の前であーんをするわけにはいかないので、直接ケーキにフォークを立てる。
「蒼ちゃんのケーキも美味しいね。私のもどうぞ」
ちゃんとケーキのお返しはする。
「ところで」
一足早くモンブランを食べ終わった母親は、コーヒーを一口飲んでから言い放った。
「あなたたち付き合ってるの?」
フォークをテーブルの上に落としたのは蒼乃だった。拾い直してから、視線を真っ直ぐにしたまま答える。
「付き合ってます。でも、何で分かったんですか?」
「なんとなく。それにこの子の様子が妙におかしかったからね。恋人でもできたのかなって思って。で、今日あなたが来てそうかなと思ったわけよ」
蒼乃から少し冷たい目を向けられる。律的にはバレるようなことをしたつもりはない。それこそ姉から言及を受けていない。
「大丈夫、蓮には言わないから」
蓮のシスコンぶりは親も認めるところだった。
「そうかそうか。律もついにねぇ」
「……驚かないの? 彼女で」
「最初はちょっと驚いたわよ。でも蒼乃ちゃんのことは前から聞いていて良い子だって知っているし、知らない子と付き合うより安心かな」
ここまで母親が寛容だとは思っていなかったから、律は度肝を抜かれている。
「えっと……改めて。律とお付き合いさせていただいてます。今後ともよろしくお願いします」
蒼乃が丁寧に頭を下げたので、律も真似して頭を下げた。
「いいよいいよ、そんなにかしこまらなくて」
母親の方も少し照れくさそうだった。
和気あいあいとそんな話をしていると、玄関の方からドタバタと音がした。三人揃って音の方を向く。
「ただいまー。ふー間に合った」
スリッパも履かずにダイニングに顔を出したのは、話題の一つにもなっていた《りつ》律の姉である蓮だった。
「あんた、今日はデートだから夕飯いらないって言ってなかった?」
母親に聞かれて、蓮は「そうだよ」と認識が間違っていないことを証明する。
「急いで食べて帰ってきた」
「なんで……」
珍しく妹の言葉を無視し、蓮は初めて見る顔の横に立つ。あまりにも近い距離に立つので、蒼乃は身動きが取れないようだった。
「初めまして。律の姉の蓮です」
「相澤蒼乃、です」
「ちょっと近いよ、お姉ちゃん!」
律が蓮の服を引っ張る。やっとのことで離れてくれた。これはもしや姉にも疑われているのかもしれない。
「ごめんね、蒼ちゃん。うちの姉、距離感バグってて」
蓮が帰ってきたからには、即刻蒼乃には帰ってもらった方がいい。
「蒼ちゃん、駅まで送るよ」
「それなら私も行く」
「いや、お姉ちゃんはいらないよ」
「蒼乃ちゃんを送った後、りっちゃんが一人になって危ないじゃないの。ねぇ、蒼乃ちゃん」
聞き方がずるい。蒼乃も「ですね」としか言いようがない。
「駅まで徒歩五分なんだけどなぁ」
結局、三人で駅まで行くことになった。絶対に気まずいだろうに、蒼乃はそんな表情を見せない。左から蒼乃、律、蓮の順で並んで歩く。
無理やりついてきたくせに蓮は自分から話題を振ろうとしない。
気を使った律が蒼乃に話しかける。
「今日はわざわざ来てくれてありがとうね」
「ううん、こっちこそお招きありがとう。今度はうちにも遊びに来て」
「いいの? 絶対遊びに行くね」
二人で話していることに嫉妬したのか、蓮も口を挟んでくる。
「蒼乃ちゃんはどこに住んでるの?」
蒼乃が最寄り駅の名前を答える。
「学校の近くなんだね」
「はい。自転車で通ってます」
「りっちゃんと二人乗りなんかしてないよね?」
「まさか。道路交通法違反ですよ」
蒼乃は平然と嘘をついた。律も顔に出ないよう努める。
「もう、お姉ちゃん。ほんとそんなに私のこと心配しなくていいから」
「心配するよー。りっちゃんが死ぬまで心配するから」
「重いんだってそうゆうの」
律が突き放した言い方をすると、蓮はかまってほしいと腕を絡めてくる。その様子を見た蒼乃の表情が一瞬だけ硬くなった。律にも分かる。彼女を放って目の前でいちゃつくなと言いたいのが。
しかし、最後まで蓮のうざ絡みを振りほどけずに駅に到着してしまう。
「蒼ちゃん、気をつけて帰ってね。帰ったら連絡ちょうだい」
「ありがとう。じゃあ、また後で連絡するわね」
手を振り合ってお別れをする。なんとなく声のトーンが低かったことを、律は感じ取っていた。とは言え、相手は実の姉である。あまりヤキモチを妬いてほしくはない。
「よし、律。コンビニでアイス買って帰ろう」
「私もうケーキ食べたからいらないんだけど」
「私の分はなかったもの」
それならゆっくり外で彼氏と食べてくればいいのにと思う。
そんなこと思いつつ、ちゃっかり律もアイスを買ってもらったのであった。




