016 -Ritsu-
「ねぇ、母さん。お姉ちゃんが夜ごはんいらないって言った日ある?」
平日、律と母親の二人だけで晩ごはんを食べていた時だった。父親は仕事、姉はバイトで夕食の時間がズレる。
「蓮が? 確か三日の金曜日はデートって言ってたと思うけど……。そうそう、その日はお父さんも飲み会って言ってたわね」
それはとても都合のいい展開であった。律は箸を持ったまま前のめりになる。
「母さん、その日、ハンバーグ作ってほしいんだけど」
「あんた、本当にハンバーグ好きね」
母親は呆れているが、イベントごとがある日は必ずハンバーグを作ってくる良い母である。
「で、その……三人分作ってほしくて」
母親の分、律の分。それで二食。
「と……」
友達と言おうとして、律は口をつぐんだ。でも、恋人と言う勇気まではなかった。
「クラスメイトの蒼ちゃんが母さんのハンバーグ食べてみたいって言ってくれたの。いいかな?」
「別にいいわよ」
蒼乃のことは知っているからか、母親はあっさりとオーケーを出した。律は急いでアジの開きを食べる。ごちそうさまをしてから、スマホで蒼乃のスケジュールを聞き出す。
オーケーとスタンプが帰ってきた。爆速の返事だ。
「母さん、蒼ちゃん来れるって!」
「はいはい、三人分ね。飲み物は自分で買っておいで」
これで律には直近の目標ができた。そう、部屋の片付けだ。律はあまり片付けが得意でなく、読んだ本やら洗濯した服やら、細かいものから大きいものまで散乱している。あの通り、優しい母親はいるが片付けまではしてくれない。
よし、とりあえず本から片付けようと気合をいれたところでスマホが鳴った。蒼乃からの電話だった。
「もしもし?」
『律。今大丈夫だったかしら』
耳元に蒼乃の声が響く。温かみを感じながら律は「大丈夫だよ」と返した。ひとまず片付けはいいや。
『こんなに早く招待してもらえるとは思ってなかったから驚いちゃった』
「お姉ちゃんがちょうどその日いないらしくて。あ、お父さんも帰り遅くなるみたいだから、いるのはお母さんだけだよ」
安心した声で『そう』と返ってきた。いきなり家族全員でお出迎えは荷が重いだろう。
『律ってご家族には……』
「ごめん、言ってない」
『謝らないで。私も親には言ってないから』
律は恋人ができたことも身内に言っていない。どこから姉にバレるか不安なところもあるし、紹介をしろと言われて簡単にできないからだ。
無難に考えて、カミングアウトするのって、一緒に住むとかなった時なのかな。なんて考えて、付き合い始めて一ヶ月も経ってないのに、浮かれてるなぁと思う。
『どうしたの、律』
「いや、蒼ちゃんと二人暮らししたらどんなかなって考えてた」
『えっ!?』
話の脈略がなさ過ぎて、電話越しに驚きが伝わってくる。
「ほら、親に話すとかなると、そうゆう時かなと思っちゃって。や、やましいことは想像してないよ!?」
『…………想像してもいいけど……』
とても小声だった。
「え?」
律は聞こえないふりをする。
「で、三日の話だよね」
無理やり軌道修正をする。
「学校終わった後どうする? 自転車もあるし、いったんお家に帰るのかな」
『えぇ、そのつもり。遠回りだけど電車で行こうと思っていて』
「じゃあ、私は最寄り駅まで迎えに行くでいいかな」
『えぇ、それでお願い。……あと律のお母さんって何が好き?』
「何がと言うと?」
『食べ物。何か差し入れ持っていきたいから』
「気にしなくてもいいのに」
でも逆の立場なら気にするので、母親の好みを思い出そうとする。酒好き。これはない。買えないから。
そういえばあそこのモンブランが好きだったなと思い出し、お店の名前を蒼乃に告げた。
『律はどのケーキが食べたい?』
「高いから私の分はいいよー」
『お母さんだけに持っていくのも変でしょ。何がいい?』
ケーキなんて誕生日の時とクリスマスにしか食べない。律にとっては贅沢な品物だ。
「そうだなー、いろいろ魅力的だけどショートケーキかな!」
いつもこうして悩んではショートケーキを選んでいる。家族からはイチゴが好きなのだと思い込まれているが、イチゴより好きなフルーツはたくさんある。
「蒼ちゃんってケーキだと何が好き?」
『私? そうねぇ、チョコケーキが好きかしら』
「チョコ好きだね。いつもチョコばかり食べてよく太らないね」
『そんなには食べてないわよ』
お弁当の後にいつもチョコを食べているのを知っている。さらに三時間目の後とか、小腹が空いた時にも食べている。
『律だってよく食べるのに痩せているじゃないの。ダイエットなんてしたことないでしょ』
「ないよ」
生来、太りづらい体質である。また、両親ともども痩せ型。もちろん、姉も痩せている。
『律を抱き締めた時、こんなに細いんだってびっくりしたんだから。少しは骨を太くしないと。牛乳とか』
「牛乳嫌い……」
幼稚園の頃から牛乳が嫌いだった。小学生に上がってからは、毎日こっそり遥に飲んでもらってたくらいだ。
『牛乳飲まないと身長伸びないわよ』
「そんなの都市伝説だよ。それに平均身長はありますー」
蒼乃や遥が高過ぎるのだ。決して自分は小さくない。
『それなら牛乳飲まないと骨粗鬆症になるわよ』
「今からそんな心配したくないよ」
話がだんだんと脱線していく。最終的にパンダの話になっていた。時間も時間だったので、改めて待ち合わせ場所の確認と、待ち合わせ時間を決めた。
『金曜日、緊張する……』
「私もするよー」
紹介しないとはいえ、恋人が家に来るのだ。緊張しないわけにはいかない。
そこで改めて部屋の惨状を知覚する。
「遅いし、そろそろ切るね。おやすみー」
電話を切って、ため息をつく。片付けは明日からでいいかな……。




